佐々山電鉄応援団 第2巻

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 あえて、電車移動しているのは訳がある。  前橋駅前から自動運転バスに乗るためだ。  新前橋駅から両毛線に乗り換える。  利根川の鉄橋を渡ると、車窓に群馬県庁やグリーンドーム前橋、赤城山が見えた。  今日は、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所のRRMSを業者や行政にセールスする為の発表会がある。  美佳ちゃんが、パンフレットを見ながら「ララムスって自動運転のLRTとBRTを同じ区間に走らせるだけだよなぁ?」と僕に聞いてきた。 「うん。でも理由があるんだよ」  なぜ、そのような物が必要であり、自動運転をしてまで運行する価値があるのかという部分は日本の公共交通事情が深く絡んでくる。  日本の鉄道事業者もバス事業者も、原則は独自採算性をとり、企業としての競争力を持って、稼いだ収入で線路整備や施設改善、輸送サービス、職員の給与を支払って経営をしている。  海外の多くの国は、公共交通機関は重要な社会インフラとして捉えられ、国営だったり何らかの補助や支援を受けて運行している。  日本では、沿線人口が多く鉄道やバス利用者が居る地域の鉄道・バス事業者では経営は成り立つが、地方都市や過疎化地域の交通がマイカー依存、人口減少などでバランスが維持されなくなった地域では経営が困難だ。  乗らないから運行本数の減便、運賃値上げ、サービス低下をして余計に乗客が乗らなくなる。  悪循環をおこして鉄道路線廃止、バス路線廃止になる。  昔は廃止する交通事業者が、廃止提案をする場合、行政や住民理解が無いと廃止出来なかったが規制緩和で、交通事業者が国交大臣に廃止届を提出後、一定の時期を経過すると廃止が出来るようになった。  それでも、鉄道路線やバス路線が廃止検討されると、多くの沿線の自治体や利用者は反対運動をする。  決して署名や抗議活動が無効になった訳ではなく、従来の廃止反対運動は実際に行われている。  鉄道が廃止対象になれば、通常ならば補助金等や第三セクター化され残るか、廃止になって代替バスが走る論議になる。  実際の社会問題は、バスになれば運賃が高く時間が掛かり、結局は乗らなくなりバスも廃止になり地域から公共交通が消えてコミュニティバス、デマンドバスが一日数便走るだけの地域になるのが、過疎化地域での日本の交通の現状。  鉄道インフラは、維持費にはお金は掛かる。そしてバス転換後に赤字になれば直ぐに廃止が決まる。地域から交通がなくなる。  RRMSは、鉄道インフラを維持しながら利用者が多く乗車する時間帯に低コストなLRTで運行、利用者の少ない時間帯はBRTで運行する方式を採用する。  経営コストの大半は人件費。  自動運転技術で、運転が自動化されれば労働者からすれば職を失う事に繋がる。  いままで、自動運転のバスや電車の研究は、労働者からすれば迷惑な話として処理されていた。しかし、低賃金、過密労働、運転士不足での状態で、新しい技術に反対するだけでは何も生まない事に気が付いているのは実は現場の職員。  鉄道やバス事業者の経営破綻などを考えれば、将来的には鉄道やバス事業者で働く労働者にとって、自動運転に反対すべきは反対し、むしろ自分達に優位な部分は利用すべきという、賢い考え方が地方の路線バス事業者、現場からは出始めている。  それはあくまでも、経営者の過剰な合理化による自動運転は警戒しながらも、時代に沿った新しい技術の受け入れや学習も業界を守る事にも繋がる譲歩であり、決して手放しで受け入れている訳ではない。  技術や経済論の学者が失敗するとしたら、こういう交通事業者の心理や労働組合団体の折衝を失敗したら、どんなに凄い自動運転技術も全国組織から総スカンされ淘汰される事を理解しないといけない。  新しい技術が生まれる事は、古い技術で生活している人達の、茶碗を割る覚悟と説明責任、アフターケアなどの責任を背負う。  たぶん、RRMS計画を潰すには、そういう部分から攻めないとダメだと僕は、そう説明をした。  美佳ちゃんは「よく解らん」と笑った。       ♢  電車は、JR前橋駅の高架橋のホームに滑り込む  4両編成の電車からお客さんが沢山降りていく。  僕と美佳ちゃん、愛理がエスカレーターで改札口方面に向かうと、チューリップの歌を発車メロディにしているらしく背後から流れてくる。  愛理はハミングした。  自動改札機に、ノルベというICカードをタッチする。群馬県のバス事業者や電車に使えるSuica系のICカード。  「お土産屋さんがある」と美佳ちゃんは駆け寄ろうとして、僕が「帰りにね」と制止した。  北口のバス乗り場案内のサイネージの前に、明らかに背筋をピーンと伸ばした不自然な男子高校生と女子高校生がいる。  防衛大学の女子大生である西村さんと、陸自の工科学校の男子高校生の長谷川くんだ。  西村さんは、国民の生命と財産を守る為に防衛大学に入学したというだけあって女子高生の格好も任務として捉えていてキリッとしている。  僕が今日の日程を知らせて、RRMSのパンフレットを渡しておいた。  本当ならば徒歩または路線バスで移動が正当な移動になる。”本町”というバス停で降りれば良いけど、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の南場さんから、自動運転バスに体験乗車して来るようにと指示を受けていた。  これから、中央前橋駅まで自動運転バスに乗車体験をする。  日野ポンチョ。  このバスは、群馬大学、前橋市、日本中央バスなどが共働で研究し、実際に営業運転している自動運転バスだ。実際は運転士さんが乗務していて見た普通のバスだけど、よく見ると運転士さんはハンドルに手を添えているだけで自動運転制御が行われている。  屋根上には、自動運転車らしい装備。  実際に乗り込むと、時々合成音声で「自動運転システムに切り替えます」とか運転席の方から聞こえてくる。  普通に運転士さんが運転しているようにスムーズに動き出す。  インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の南場さんから事前に送付された資料によると、自動運転バスには位置推定の技術基礎を知らないと話にならないという。  位置測定技術とは、簡単に言うと地点・座標の測量技術、GpSでお馴染みのルート案内。  南場さん達が研究しているRRMSというのは、基本は自立型自己位置推定という技術を使っていて、4つのセンサー「カメラ」「LiDER」「ミリ波レーダ」「GPS/GNSS」を使っているそうだ。  RRMSは、LRT(次世代路面電車)とBRT(専用道路高速度バスシステム)は、線路を道路に埋め込んだ共有軌道道路で走行させるため、LRTのプラットホーム(停留所)にRRMSの自動運転バスを車体とホームを近づける必要性はあるらしい。この部分だけは、路面に埋め込まれているマーカーで定位置停車に近づける。  この手の機器は、○○には特化しているが○○には弱いなどの利点と欠点があり、それを補完する装置の開発をインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の技術部門はチャレンジしているらしい。  特にインスタント・ハッピー・カンパニー研究所のRRMSは電気自動車タイプなので、搭載バッテリーの故障問題、急速充電装置故障が多い分野において、充電と放電のサイクルの切り替え、急速架線充電システムなど、RRMSだから可能な凄い技術が生かされていて業界では、南場さんは結構知名度が高いらしい。  そんな凄い高校生集団の仲間に入れるって変な気分だ。  そんな事を考えて居ると、もう中央前橋駅に着いてしまった。  美佳ちゃんが「優。降りるよ」と急かしてる。  バスを降りると、前橋市役所の交通政策課の人達、前橋工科大学の先生達や学生さん達が居た。  僕は、前橋市の交通を考える市民団体の中島先生の関係で、前橋工科大学の先生や学生さんも顔なじみの人がいる。 「鈴木くん。なんで女の子の服?」と市役所の課長が聞いてきた。 「実は、雨宮京子ちゃんと一緒にインスタント・ハッピー・カンパニー研究所に入る事になってしまって」  前橋工科大学の学生さんたちは「あの雨宮京子?」とか「京子ちゃん来るんだ」と騒ぎ出した。  交通政策の天才美少女の知名度は凄い。  僕は、雨宮京子ちゃんのオマケだけど。 前橋市交通政策課の課長さんは 「ほう。凄いね。インスタント・ハッピー・カンパニー研究所?何処の部署?」 「南場チームです」 「午後から前橋プラザ元気21の発表にも出るの?」 「はい。南場さんが遅れても良いから自動運転バスに乗ってから来いって」 「うん。そうかぁ」  歩きながら前橋市の市街地を進んでいく。  前橋工科大学の学生は、僕の持っているロボに興味があるらしく、後で見せてと興味深々な感じだった。 「佐々山電鉄応援団か。うん。佐々電。小湯線も大変な時だからね。頑張りどころか」 「はい」  「鈴木君。前にあった時は中学生だったよね。雨宮教授がね。京子ちゃんを泣かした男子が居るって聞いてね。納得したよ」 「うーん。あれは本当は僕の負けだったんですよ」 「佐々電の件は技術面も交通政策面も前橋市も前橋工科大学も協力するよ」 「ありがとうございます」 「いや、群馬県の交通網のピンチ。学生達も危機感を持って実践対応させるよ」   歩きながら前橋市の銀座通りという通りを歩く。そして中央通りのアーケードに入ると、僕は違和感を感じた。  一時期は、シャッター街ばかりだったけど最近は新しい店が増えてきて、少しだけど活気がでてきた。 「前は、もっとアーケードを歩く人も少なくて、シャッター通りで閑散としていたのになぁ」  美佳ちゃんが、そういうと前橋市の交通政策課の課長さんが 「マチスタント事業の賜物だよ」と教えてくれた。  有休不動産の店舗。  それは、単に前橋市の中心商店街が市街地空洞化で買い物客が郊外の大型店に逃げたりした事以外にも、それぞれのオーナーが複雑な理由で店を閉めている場合がある。後継者がいない、もう商売をする気はないので店を畳んだなど。理由は様々だ。  前に、関西で商店街活性化に取り組む人の話を聞いた。きれい事抜きで中心商店街の活性化は反対する人達も居る。 「賑やかしなら都会でやってくれ」という一部でありながら地元商店街の声、 「市街地を元気にしたい」と頑張る人達の声。  反対する声も、賛成する声も差別なく聞き取る。それをブレンドする技量の無い人間は、まちつくりを語ってはいけないという厳しい言葉。本当に苦労している人の生きた実話。自らの稚拙さを思い知らされた。  そういう難しい課題を実行できた行政。 まちなかで新たに創業・事業を行う。  通常は、新たに創業、店舗を構えて何かをしたいと考える人が居ても、不動産を所有しているオーナーと難しい手続きや法令、補助金制度、なによりも オーナーを直接説得する機会に恵まれない場合が多い。  それを行政が、間に入り互いの希望をマッチングさせる。仲介者になるとすれば空き店舗や、有休不動産の活用も進むという考え方。  お試し企画(スモールビジネスチャレンジ)もあり、イベント広場や人通りの多い場所でチャレンジ出店も出来る。  対象区域内で、空き家、空き店舗の有休不動産をリノベーション。  リノベパートナーと呼ばれる前橋市に登録をした事業者が前橋市と、有休不動産所有者、前橋市中心商店街に出店を検討する事業者の、昼間に入って”まちなかリノベーション事業”に参画し”まちつくり”に積極的に関わる。当然、その不動産の抱える問題点、課題解決、それを乗り越えて魅力ある店舗に出来るかなどの調整も仕事になる。  実際に、そういう事業が上手に身を結び、シャッター街と言われていたアーケード街に新しい店舗、カッコ良いホテル、斬新な建物が増えて、少し活気のある街並みが戻ってきたという印象を与えているというのだ。  僕達は、中央通り商店街を出て馬場川通りを歩き出した。  「カッコ良いホテルだね」と美佳ちゃんが少し段差のある地形に建造された洒落たホテルを見上げた。  もう目的地は目の前。
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