佐々山電鉄応援団 第2巻

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ー 発表会 ー  前橋プラザ元気21。  中央公民館や行政関連施設、大学やスーパーなどの複合施設。  イベント・展示会等の催事などを開催することができる。  一階の入り口前には、赤い車体にRRMSと大きな白文字が入った自動運転バスが停車している。  日野ポンチョというコミュニティバスに使われる電気バスの改造。  まだ研究中で、課題は榛名山の急勾配を登坂するだけのパワー、そしてバッテリーの容量が不足するとインスタント・ハッピー・カンパニー研究所のメイド服を着た女の子が説明をしている。  さっき僕達が乗車した前橋駅と中央前橋駅を結ぶ自動運転バスはディーゼル車だけど、RRMS用は電気式でバッテリーから動力を得る。このためカメラや自動運転に用いる機器は大差は無いけど、車内は後部座席の一部が急速充電器の電圧測定用の機器がパソコンと繋がって居たり、運転席背後のモニターには電池のマークがあり「充電中」「放電中」という表示が交互に出ている。  前橋プラザ元気21にぎわいホール。  このホールは、開放的でドアも無い。  その気になれば、招かれていない人達も、プレゼンテーションを見る事は出来る。  僕は、違和感を感じた。  通常は、この手の発表会は最先端技術で特定の招待者や傍聴希望者には知り得た情報を漏らさない限定された人達で行われるのが一般的。  その上、参加者はSNSで議事内容を拡散禁止、録音、カメラ撮影が禁止など徹底的に守秘義務を課せるものだ。  インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の場合、何故オープンなのかは不明。  多くの人に知って貰うという作戦かも知れない。  受付は、事前に招待された関係者以外は、委託した電子チケットサービスの会社にエントリーして、参加資格の審査を受ければ参加できる。  受付には、行政やバス事業者だけではなく、誰もが聞いた事のある大手商社、若手の社員を引き連れたベンチャー系企業、大学の研究ゼミなど。  難しい質疑を、受付脇でインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の女子高生達に投げかけている。  それを、困った顔もせずに嬉しそうに「ご質問。ありがとうございます。それはですね……」と的確に回答するのも凄い。  僕も受付を手伝う事になった。  群馬県の関係者、前橋市、高崎市、伊勢崎市、みどり市、桐生市、沼田市、渋川市、沼川市など様々な名刺を持った人達が受付をすませる。  データ通信企業 建設会社の幹部、あとは信号、線路、電気、工事関係の会社の人、バス会社、鉄道会社、そして市民団体、大学の関係者などで用意した椅子は全て埋まり、数人の立ち席が出た。 僕は「凄い人数ですね」と驚きを猿山さんに伝えた。  猿山さんの話だと、今日は小規模な方だと言う。  パイプ椅子が並び、不思議と最前列と通路側から埋まる。  普通の会議と違い、最先端技術を人より前に出て良い席で第一線で活躍する技術者を見たがる。  主に有名な大手企業や行政関係者は後ろの目立たない席や、途中休憩でこっそりと帰る場合が多い。対象的にベンチャー企業の技術者達は率先して最前列から埋める両極端な印象がある。  開演までの時間は、スライドの調整を兼ねた、簡単なRRMSのダイジェストの動画や、スケジュール、登壇者のスライドがエンドレスで軽快なBGMと共に映写されている。 「定刻になりましたので、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所プレゼンツ。RRMS発表会を開幕します」と宣言。  桜庭支社長が、挨拶をした後に先ほどの動画を15分流した。  そのあとに来賓の挨拶。  群馬県知事は、衰退する群馬県の公共交通に歯止めをかけ、ぐんMaaSというアプリとRRMS開発を上手くリンクできれば、新しい交通網切り札として期待は持てると挨拶をしてくれた。  前橋市長も、「交通に関して様々な挑戦をしている。一方では上毛電鉄を維持するという事も、新しいテクノロジーの中で探っている。これからの高齢者や障がい者に移動課題が中心になる時代においても重要。いま上毛電鉄も電気コスト面、中央前橋駅の新しいにぎわい創出においてまちつくりを含めて上毛電鉄の維持に苦労をしている。RRMSもテクノロジーの一案として、今日の発表会を楽しみにしていた。有意義な時間をお願いしたい」  厳しいながらも、現実の行政、乗客減少で補助金や施策など苦労をしている行政の首長としての挨拶を貰った。  そのあと、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の各セクションの技術発表があった。  南場チームは女子だけのチームだけど、他のチームは男子が居たり、男女共同プロジェクトだったりと、インスタントハッピーカンパニーは才能させあれば男子も女子も一切の差別は無い。研究が深夜に及べば男子も女子も同じ部屋で仮眠したり着替えもするという。  研究に没頭するあまり、羞恥心よりも一分一秒でも完成を目指す技術者集団であり同じ目的を持つ仲間。性別は関係無い。  だから、僕は男子だけどメイド服という扱いは、RRMSチームの中では当然な待遇らしい。羞恥心より手を動かせ頭を動かせ、データを集めて解析してナンボの世界。  別部署の男子達のチームが、僕には理解出来ない難しい話をしている。 「なんの話をしてるんですか?」と僕は猿山さんに聞いた。 「インスタントハッピーカンパニーは定期的に、自分のチームの発表をしないと実績として評価されないのよ。たまに、似て非なる研究発表を混ぜられることもあるの。たぶんRRMSとは関係ない発表よ」  京子ちゃんは「まったく関係ない話ではないですよ。医療や福祉もMaaSという観点でみれば交通を軸に展開できる必要不可欠な分野だから。重要な発表ですよ」 ムッとした猿山さんは黙り込んだ。  約10分くらいのプレゼンが続く。  次世代モビリティを如何に日本の地域課題を解決する鍵になるかという論文発表みたいな形で、スライドで発表される。  市場とかマーケティングとか言っているので経済的な事を分析しているチームなのかな?とか様々な研究発表が続く。  彼らは、データ分析から今後の次世代交通は個人がマイカーを所有する現在から移行して、今後複数人でシェアリングする移動手段に移行する事を前提としてRRMSという単なる自動運転のLRT(次世代路面電車)やBRT(バス高速度輸送)の主要部にファースト・ラストワンマイル 用小型モビリティに接続するモビリティハブ(乗り換えステーション)を構築すると言っていた。  インスタントハッピーカンパニー。  僕は、この天才高校生集団という名前は好きでは無い。  即席な幸せって何だろう? でも、やってる事は凄い事だと思う。  単なる、デタラメな天才高校生集団ではない。  インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の人達は、自分の世界を持っている。  科学的根拠をもって、理論武装が出来る。 「RRMSという自動運転の次世代交通システムを地域課題克服に貢献できる」と、参加している大人達を信じ込ませる高度な手法を展開している。  実際に、行政の人達も有識者達は、最初は高校生レベルの発表会を鼻で笑い、彼らの発表にも所詮は高校生の研究発表会程度の認識で参加していたのは態度で解っていた。  それが、今では誰もが真剣に耳を傾けている。  そして、南場チームは、行政が欲しがる内容をストレートに代弁した。  地域の人口減少、少子高齢化、マイカーに代わる公共交通機関が存在していないため免許返納が出来ない高齢者に対してRRMSが如何に有効かをデータで発表した。  地域課題は、群馬県内の行政関係者、有識者は危機感を感じ、解決策を模索している。  具体的な解決策が無いという中、RRMSは群馬県内で電車やバスの利用率が悪い部分の調査として「乗り継ぎが悪い」「待ち時間・便数が少ない」「そ もそも電車やバスの利用方法が解らない」「マイカーを手放してまで不便な公共交通に移行するだけの魅力もメリットも無い」などアンケート結果を基に、利用者視点での改善策を数点提示していた。  僕は、見学みたいな感じで特段の仕事は与えられなかった。  先ほど、猿山さんが見ていたのはGISという地理情報システムという奴で、地形の高制度GPS技術で災害時にドローンを自動制御で運行して荷物や緊急物資を孤立した災害地域に運ぶシステムの説明用だったらしい。RRMSの自動運転バスで運べる地点まで客貨混載で運び、バスが行けない場所まで臨時ドローンポートと呼ばれる場所から災害孤立地域へドローンで輸送できるそうだ。  RRMSという技術だけでは、単なる自動運転で路面電車や路線バスを走らせるだけの”凄いでしょ”という自慢で終わるので、あくまでも地域活性化やソサエティ5.0に沿って地域行政が飛びつきそうな課題もチャレンジしているとか南場さんは説明していた。  正直、僕は全く理解できないけど、行政の人達は感心していたので、きっと凄い事なんだと思う。  結構、僕は落ち込んで居た。  この女子高生達は、次元が違い過ぎる。  此処で僕は、本当にやっていけるか心配になってきた。  休憩を挟んでの後半。  パネルディスカッションでは、ありがちな主催者側の用意した目玉商品である京子ちゃんが聞き手になって登壇者をリードした。  それは、誰も一番有名な雨宮教授の愛娘がインスタント・ハッピー・カンパニー研究所に入った事を知らしめる策であり、このプロジェクトが高校生のお遊びで無い事を知らしめる重要な役割を担っていた。  そして、このふざけたメイド服が制服である意味を南場さんは教えてくれた。  南場さんの話だと「大人が勝手に名付けた”天才高校生集団っていう看板”が一番怖いんだよ。相手が警戒するとか、自分達がガキに舐められないようにマウントを取ろうとしてくる。あえて相手に馬鹿にされるような服装。警戒されず、かつ相手の見下した本来の隠した感情を引き出す。重要な服なんだよ」と言っていた。  京子ちゃんが仕切るパネルディスカッション。  群馬県知事は他の所要で退席をしていたので、群馬県交通イノベーション推進課、、前橋市長が登壇。そして大学の代表として前橋工科大学の先生と学生数人が登壇している。  群馬県では路線バスの共働運行の話から、群馬版上下分離方式の話、先日の佐々山電鉄事故での今後の対応が語られ、前橋市長は上毛電鉄の再生、デマンドバスの事、前橋市中心商店街の取り組みが語られた。  前橋工科大学からは、バス運行情報システムの話や共働運行によるバス運行管理の話、自動運転の小型モビリティの話が出た。  質疑応答では、埼玉土木短期大学の長瀞准教授という関西のオカンみたいな女性が挙手をした。  モビリティマネジメントの模擬授業を群馬の佐々山電鉄沿線の小学生や中学校で取り組みたいが可能かという質問。  モビリティマネジメントとは、個人に対しての行動変容を求める方法で、まず過度にマイカーに頼り過ぎない説明から始める。環境問題だけでなく地域課題を含めて個人として何を変えれば目的に近づけるかを考えて貰う。次に目的に近づけるために、どうしたら行動を変えて貰えるかアドバイスをしながら行動プラン表に記入して貰い実行をしてもらう。その後も数回のコミュニケーションを通して行動を変えて貰いマイカーに頼り過ぎない賢い移動を実践して貰う。  ただ、名前だけモビリティマネジメントと称して学校や企業、行政で電車やバスの体験乗車をして実行したと若干誤った認識している場合もある。  本格的なモビリティマネジメントを実行するには、正しく内容理解した人材集めと学校でも教員の理解、地域、企業でも長期戦になるので行政担当者の理解、アンケートや行動変容に至るまでの地道なコミュニケーションなど資金面、専門担当者の力量が成功の必須条件になる。  最初は、誰もが此処でいう質問ではないと思って会場はざわついたけど、京子ちゃんは質問の趣旨を直ぐに理解して、「うふふ。さすがは長瀞先生です。モビリティマネジメントの専門家。えーと、言いたいことは”自動運転システムの技術ばかりが先行して肝心な乗客をマイカーから、賢く行動変容させる術を講じていない”と仰りたい?」と回答した。  再び長瀞准教授は挙手をして「あははっホント京子ちゃんは解ってるわね。無人の自動運転のバスが、人のいないゴーストタウンの街を走るだけの世界。本気でRRMSとやらを実行するならモビリティマネジメントを実施して行動変容を併用させた方が良いんじゃないのってツッコミを入れたかったんだ」と着席した。  この世界には、特に大学関係者には自分の信念、自分の研究、それらには考え方の違いがあって、こういう場で喧々諤々の討論や異論を、あえて衝突させようと波風を立てたがる先生の参加も意外と多い。  でも、今回は対論はなかった。  質疑応答では、回答者の手腕が見せ所になる。  僕は、こういう世界に飛び込んでしまったんだと後悔した。  閉会すると、さっき質問した長瀞先生は京子ちゃんと何か話をしている。 大人の世界では懇親会が行われる時間。高校生組織の為、会場の特設ブースで名刺交換会が実施されているだけだった。 僕は、前橋市長と前橋工科大学の先生と話をした。 「鈴木君。いま佐々山町に居るの?前橋に居た時にインスタントハッピーカンパニーに入ってくれればRRMSって奴ね。上毛電鉄とか前橋市内の路線バス の運行とかにも仮説を立てて貰えたのになぁ」  近くに居た南場さんが駆け寄ってきた。  名刺を差し出し「初めまして南場と申します。RRMSの研究リーダーです。興味深いお話ですね。ウチの鈴木に担当させましょうか?」と商談に持ち込もうとするあたりが、リーダーを任されているだけあり抜かりはないようだ。  前橋工科大学の先生と学生を連れて展示用のRRMSのバスを使い説明まで始めている。  そして十分くらいして戻ってくると、南場さんは僕に説いた。 「鈴木。京子のオマケどころか、いい仕事してくれるね。RRMSは小湯線の実証実験だけで終わらせない。前橋市みたいに実際に上毛電鉄で使えるか検討したいとかさぁ。そういう実際に使えるか興味を持ってくれる行政や大学は最も重要な相手だ」  ニコニコして僕の肩を叩いた。  よくわからないけど褒められた。 でも、直ぐに別の企業が現れた。 「インスタントハッピーカンパニーの子?新人?」と名刺を出された。  犬山商事という知らない企業だった。  直ぐに、桜庭支社長が来て追い払った。 「そのうちね。嫌でも経験するさ。ずる賢い大人僕達が、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所という天才高校生集団のネームバリューに集ってくる。”意味の解らない研究”とか”専門用語の羅列”とか批判する癖に、無断で名前を利用される。あの犬山商事は鉄道会社に自分達がインスタントハッピーカンパニーとタイアップしていると詐称して仕事を受注していたのよ。ウチに苦情が来て信用がガタ落ち。一切ウチとは取引も無いのよ」 「それでいいんですか?」  あとで犬山商事を検索したら、確かにインスタントハッピーカンパニーの名称は記載されていないけど、誤解を生む表記は見受けられた。  実際に、中国や韓国でもインスタントハッピーカンパニーに類似した子供で商売する企業が存在するので、現実社会で成功事例を真似したり、詐欺まがいな商法は存在してしまうのも仕方が無いらしい。  それに、僕は潜入捜査をしてるだけなので、研究の為に電車を脱線させて多くの人を傷つけ、地域を混乱に陥れているインスタント・ハッピー・カンパニー研究所に、そこまで肩入れをする事は無い。
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