香雅里さんの気持ち

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ずっと黙っていたOFFが初めて口を開いた。 「柊真、香雅里を送って行け。オレはこっちを送って行くから」 「わかった。じゃあね、小鳥遊さん」 「花蓮ちゃんバイバイ」 「はい、また」 2人が見えなくなるまで見送ってから言った。 「わたしは電車で帰るので、送っていただかなくても大丈夫です」 「オレが送っていく、って言ってるんだから、黙って車に乗ればいいんだよ。早く来い」 「……はい」 圧に負けて、車に乗ってしまった。 住所を聞かれ、答えると、OFFはそれをナビにセットした。 長くて綺麗な指。 黙ってたら柊真さんと同じ顔なのに。 じっと見ているのに気づかれたのか、「何?」と、迷惑そううな声で聞かれた。 「あー、いえ何もないです」 OFFはそんなわたしを睨んだけれど、何も言わなかった。 英語のバラードのような音楽が流れる中、無言が続く。 話すこともないから、まぁいいかと思って、外の流れる景色を眺めていた。 その沈黙を破ったのはOFFの方だった。 「お前、柊真のことどう思ってる?」 「柊真さんですか? そうですね……優しくて、親切で、気配りもできて――」 「もういい」 自分が聞いてきたくせに。 OFFの方に顔を向けると、ステアリングに寄りかかってこっちをじっと見ていた。 運転中! と思ったら、いつの間にか車は停められていて、フロントガラスの向こう側には海が広がっていた。 「オレにしとけよ」 思わず叫ぶとこだった。 「酔ってます?」 「運転してるのに、酒飲んでるわけないだろ」 そうでした。 「からかってますよね?」 「本気だけど」 新手の嫌がらせ? 「柊真はやめとけ」 それを柊真さんと同じ顔で言うんだ…… やっぱり、見分けがつかないくらい似ている。 その顔が近づいてきたから…… 間近で見る柊真さんと同じ顔…… そんなことを思っていたら、そのキスを受け入れてしまった。 「これでオレ達、恋人同士ってことで」 待って! 待って! そんなの成立してない! 今のはぼんやりしていただけで…… 「キ、キスくらいで恋人とか、それは違うというか……」 「ああ、だったらその先まで進もうか。オレ、車は狭くて嫌だから、今からホテルに行って――」 「ホテルは行かなくていいです!」 「いいんだ。じゃあ、さっきのキスで返事はYESだな。今度から、オレのことちゃんと颯真って呼べよ」 「無理です!」 そう言ったわたしに、OFFは柊真さんと同じ、優しい笑顔を向けた。 その笑顔にわたしが弱いと知ってるなら、やっぱりこいつは嫌なやつ。 「連絡先」 「連絡先?」 「よこせ」 「嫌です」 「まぁいいや。用がある時はIKEDAで呼び出すから。『恋人なんですけど小鳥遊さん呼んでただけますか?』って」 「最低」 「何とでも」 どうして急にわたしと付き合おうと思ったのか分からない。 だってOFFはわたしのことを好きじゃない。 わたしもOFFを好きじゃない。 この点は、お互いの共通認識のはずなのに。 「連絡先は交換したので、もういいですよね? わたしここから電車で帰るので――」 急に車を発進された。 「送るって言ったろ? もう住所もナビに入ってるし」 「いえ、結構です。停めてください」 断ったのに無視されて、そのまま今度は住んでるマンションの前まで送ってくれた。 「送ってくださってありがとうございます」 「そこはお礼言うんだ」 「送っていただいたのは事実ですから」 「明日も休みだろ? 2時に迎えに来る」 「ええっ?」 一方的な約束をされて、車は見えなくなってしまった。
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