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「いつもは撮影用のメイクを頼まれるんですけどね」
大きな鏡の前の椅子に座ったわたしに女性が話しかけてきた。
「『自由にしていい』って聞いてるんですけど、本当に良かったですか?」
「あの……ここはどこなんでしょう?」
「何も聞いてないんですか?」
「……はい。話そうとされてたんだと思うのですが、わたしが来る途中に車の中で寝てしまって。起こさずにいてくださったから」
女性はにっこり笑った。
「今のは嘘ですね。知らずに連れて来られたんでしょう? それなのに庇うんですね」
「いえ……」
「ここは、来られた方が綺麗になるところです。ヘアカットも頼まれてたけれど、希望を教えてもらえますか?」
「ヘアカットですか? いえ、わたしは結構です」
「お仕事させていただけませんか? 御堂さんはお得意様なので、断られると困ってしまいます」
「……食品を扱う仕事をしているので、仕事中はきちんと結びたいです。それ以外は、わたし疎くて……」
「わかりました。お任せください。カットした後、今日はヘアアレンジを頼まれてたので、巻きますね」
「はい」
よく分からないまま、鏡の中の自分の髪の毛にハサミが入れられて、くるくると巻かれ、結われたり、ピンをさされたりするのを見ていた。
「次は、まず眉ですね」
それを聞いて、美月さんに言われたことを思い出した。
『眉をもっとちゃんと整えて』
IKEDAに異動になってすぐに、わたしのメイクがダメダメだって言われて、その時眉のことを言われた。
「自分で整えようとしてるんですけど、上手くできなくて」
「慣れっていうのもあるけれど、どうしても上手くできなかったら、ヘアメイクをしている所に行って眉をカットしてもらうという方法もありますよ」
「そんなところがあるんですか? わたし本当に何も知らない……」
「今日、一つ一つお教えしますから」
それから、眉のセルフカットの方法や眉の描き方を教えてもらった。
続けて、女性はわたしにメイクをしながら、下地を数種類混ぜて使う方法や、アイシャドウの入れ方など、丁寧に教えてくれた。
「どうでしょう?」
そう声をかけられた時には、今までの自分とは違う自分が鏡に映っていた。
「魔法をかけてもらったみたいです」
「メイクは魔法だから。綺麗になるおまじないです」
「ありがとうございます」
女性は少し驚いた顔をした。
「御堂さんは、仕事もできるし気配りもできる優しい方だから、幸せですね」
社交辞令?
それは本当にOFFのこと?
「今日だってあなたのために貸切に――」
「余計なこと言わなくていい」
わたしを置いて出て行っていたOFFがいつの間にか戻って来ていたみたいで、鏡に映っていた。
「それは失礼しました」
「ほら、まだ次があるから立て」
急かされるように車に向かうOFFについて行く前に、女性にもう一度深く頭を下げた。
車の中でOFFはまた無言だった。
綺麗にメイクをしてもらったけど、どう思ったんだろう?
そんなことを考えて否定した。
この人がどう思おうと関係ない。
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