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お店を後にして、駐車場に停めてあった車に乗ってから、優次に向きあった。
「わたし、お世話になった方でメールもできなかった人には、挨拶できなかったから、せめて手紙を渡して、ってお願いしたよね?」
「……忙しくて忘れてたんだよ。お前が急に異動になるから」
でも、わたしを異動に追い込んだのは……
だめだ、こんな考え方よくない。
「手紙は少ししかなかったはずだよ? お願いだから、渡してない分ちゃんと届けて」
「わかったよ」
「IKEDAの前で降ろしてね。この件が終わったら、本社には戻らないでIKEDAに行くように言われてるから」
「なぁ」
「何?」
「男できた? きれいになったよな」
「そんなの、もう関係ないよね」
「ヒール、もう少し低い靴の方がいいけど」
何言ってるの?
「オレ達やり直さないか?」
「彼女いるでしょ?」
「なんていうか……彼女、専務の娘なんだ。だからすぐに別れるのは難しいけど、それまで――」
不倫の言い訳みたい。
「もう終わってるから」
「お前は結局、オレのことなんか好きじゃなかったんだろ?」
何それ……
「あの時だって、泣きもせず、すがってもこなかった」
まだ、車が駐車場にとまったままで良かった。
わたしは黙って助手席から降りると、自分の足で駅に向かった。
くやしかった。
わたしは、こんな人をずっと好きだったんだ……
クラクションの音に道路を見ると、外車の運転席から颯真が顔を覗かせていた。
「どうしてこんなところにいるの?」
「それ」
颯真がわたしの持っているケーキの箱を指差した。
「お姫様がご所望で、買いに行くとこ。花蓮は?」
「わたしは――」
その時、驚くことに優次の声がした。
どうやら追いかけて来たらしい。
「おい! 待てよ」
「何?」
「あのさ、悪かったよ、いろいろ。だから機嫌治して、また一緒に企画考えたりしよう」
そういうことか。
優次は仕事を代わりにやってくれる人が欲しいんだ。
わたしとヨリを戻したいわけじゃない。
「他の人にお願いして」
「お前じゃなきゃだめなんだよ。今日だってお前が――」
バタンと音がして、車から降りてきた颯真が、わたしを庇うように前に立った。
「この男は誰? 花蓮?」
「前に……同じ部署で働いていた人」
「ただの知り合いが、気安く人の彼女に話しかけないで欲しい」
「お前、もう男いるの?」
「僕は花蓮に夢中でね、今の仕事を失いたくなかったら、二度と彼女に近づかないでくれるかな」
「何バカなこと言ってんだよ。そんなこと簡単にできるわけないだろ」
「それができる人間もいるってことを知った方がいい」
颯真は黙って名刺入れから一枚の名刺を出すと、優次に突きつけた。
「え……嘘だろ……」
呆然と立ちすくむ優次を無視して、颯真はわたしの手をとった。
「おいで、送っていくから」
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