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誰が誰を?
いろんなことが起きた深水さんの誕生パーティから、ちょうど1週間後、香雅里さんからメッセージが届いた。
<花蓮ちゃん、私を連れて逃げて>
逃げて?
話を聞くために、仕事が終わってから電話をすると、どこか食事に連れて行って欲しいと言われ、大丈夫かな? と思いながらも2人で居酒屋に行った。
テーブルとテーブルとの間が狭くて、ざわざわとした店内に、香雅里さんは初めきょろきょろしていたけれど、注文した飲み物が届く頃には落ち着いていた。
「初めて来る。嬉しい」
「わたしがお誘い出来るのがこんな店しかなくて」
「メニューがいろんなところにはってあって面白い。見たことのないお料理ばかり」
違う意味でそうなんだろうなぁ。
香雅里さんは、胡椒のきいた手羽先を目の前に途方にくれていたけれど、手で持って直接食べるんだと言うと、嬉しそうに手で持って食べ始めた。
「美味しい! これ、身が少ないのが残念だけど、いくらでも食べられちゃうね」
「そうですね」
「この、キャベツがちぎってあるだけのものは何するの?」
「これは、そのまま食べるんです」
香雅里さんはキャベツを食べて「味がついてる!」と驚いていた。
「それで、何があったんですか?」
前に何か話したそうにしていたのにそのままになっていた。
こちらからは聞きにくくて黙っていたけれど、その話なのかな……
「花蓮ちゃん……わたしお見合いさせられる」
「お見合いですか?」
「でも、行きたくない。『会うだけ』とか言うくせに逃げられないの。おかしくない?」
「そうですね」
「私ね、こんなことグチれる友達、花蓮ちゃんの他にいないの」
「そんなこと……」
「別に友達がいないからって落ち込んだりしてないよ。マウント取り合うような人達と一緒にいても楽しくないから」
「そう、ですね」
「花蓮ちゃんだけが一緒にいると楽しい」
「それは、ありがとうございます」
「昔は、周りの目を気にしてて、なんとかみんなと仲良くしようとしてたの。影で私の悪口言ってる子にも気を使ったりして。でも颯真がね、『そんなやつと友達になりたいの? どれでどうしたいの?』って」
「颯真なら言いそう」
「ふっきれたんだよね。深水の名前を利用しようと近づいて来る人間とも、表と裏がある人間とも、仲良くならなくていいんだ、って。颯真は、『自分がそばにいるから』って言ってくれた」
もしかして、香雅里さんって、颯真のことが好き?
柊真さんを好きだと思ったのは勘違い?
「イギリスに留学してる間に颯真は変わっちゃったけど。柊真はずっと変わらないでいてくれた」
柊真さんのことを話すときの香雅里さんの顔は、とても優しいものだった。
やっぱり、香雅里さんが好きなのは柊真さんだ。
「間違ってたら言ってください。香雅里さんは柊真さんのこと……」
「これが噂に聞く恋バナってやつ?」
「まじめに聞いてるんですよ! い、家柄とかやっぱり関係あるから何も言えないでいるんですか? 香雅里さんは気にしなくても周りがうるさいとか……」
香雅里さんは、世界にも名を馳せる大企業深水グループの跡取りで、柊真さんは社長といえども女性の服飾ブランドの社長で、上場会社とも違う……
「家柄? 颯真と柊真は堂元不動産の社長の息子だから別に」
「堂元不動産って、ホテルの開発で有名な?」
それに堂元不動産は池田の大株主。
そして現副社長とかなり近しい間柄という噂がある。
「花蓮ちゃん、知らなかったの? 颯真はalternativeでは副社長だけど、堂元不動産の専務取締役で、柊真はalternativeの社長だけど、堂元不動産の方では常務取締役よ」
「だったら、何に遠慮してるんですか?」
「何だろうね……片思いが長すぎるからかな」
片思いじゃないのに!
そう言いたかったけれど、本人から直接聞いたわけじゃないから100%言いきれるわけじゃない。
何か事情があるみたいに思えて、わたしなんかが口を挟んでいいのかもわからない。
それに、香雅里さんと柊真さんが上手くいったら、颯真は失恋が確定してしまう……
「香雅里さんは今の状況を、はっきりさせたいんですか? そうじゃないんですか?」
「……このままは嫌」
「結果がどうなっても?」
「どうなっても。このまま何も変わらないでいるよりはいい」
香雅里さんは、そう言った後、モツ煮込みを口に入れて、困惑した顔をした。
わたしはそれを見て、笑いながら「1週間後、他人のいないところで4人で話がしたい」と頼んだ。
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