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プレゼンテーション
1週間後、郊外のお洒落なカフェがまさかの貸切で用意されていた。
広い店内の真ん中に、ぽつんと用意された4人席に冷や汗が出たけれど、もうこのくらいのことでは驚かない。
香雅里さんから事前に預かっていたお見合い写真をしっかりと持って、柊真さんと颯真が来るのを待った。
約束の10分前に店に現れた柊真さんと颯真は、この状況を見ても特に気にした素振りも見せず、普通に用意された席に着いた。
注文を済ませ、頼んだものが運ばれて来てから、少しの間雑談をした。
この妙な集まりに2人も何の疑問も持っていないようで、そっちに驚かされる。
この人達が動揺することなんてあるんだろうか?
頃合いを見計らって、わたしはお見合い写真を2人の前に出して見せた。
「こちらをご覧いただいてよろしいでしょうか?」
「何? いきなり改まって」
「こちらは、ニッシン電工のご子息で、数年後には会社を継がれることが約束されています。今回、この方とのお見合い話が香雅里さんに持ち上がっています」
「見合い話なんてよくあることだろ」
颯真が気にも留めない様子で言った。
「こちらの資料をご覧ください」
わたしは予め用意しておいた、A4数枚がクリップでとめられた物を柊真さんと颯真、隣に座っている香雅里さんの3人に渡した。
「現在ニッシン電工で進められているプロジェクトにおいて、この会社の弱点を補えるのが深水グループとなります――」
わたしはプレゼンのごとく、図や表を交え、数字で香雅里さんのお見合いがニッシン電工と深水グループに対してどのくらの利益を生みだすか説明をした。そして、ニッシン電工が他社と提携を結んだ場合の深水グループの損失予測をシュミレートした数値を見せた。
柊真さんも真面目に聞いていてくれたけれど、颯真は数字を前にして、急にビジネスマンの顔になって、いろいろ質問をしてきた。
想定していた質疑応答を終え、最後に言った。
「このお見合いを香雅里さんが断ることは、ひどく困難なことだと思われます。けれども、深水会長は香雅里さんをとてもかわいがっていらっしゃいます。だから香雅里さんに特定の相手がいて、しかもそれがそれなりの地位を持つ人物であれば、このお見合いを断ってくれる可能性が高いと思われます」
「さっきから『思われます』ばかりだけど、具体的にその根拠となる数字が出せるの?」
颯真が痛いところをついてきた。
わかっていはいたけれど、ここは「情」に訴える部分だから、深水会長の人柄を知ってはいるつもりだけど、ビジネスでそれがどう働くかは自信を持って答えられない。
「どうなの?」
颯真の追求に、半ギレで言い放った。
「うだうだ言ってないで、正直に言ってください! 2人とも、香雅里さんがお見合いして好きでもない人とどっかに行っちゃってもいいんですか? 結婚したらしばらくオーストラリアに行くことが決まってるんですよ!」
いつになく態度の大きいわたしに、先に返事をしたのは柊真さんだった。
「……僕にはその資格がない」
「資格って……そんなの持ってる人なんか見たことないです! 何言ってるんですか! 意気地なし!」
柊真さんは困った顔をした。
けれども、やがて口を開いた。
「そうだね。このままずっと逃げているわけにはいかないね」
柊真さんは静かに話しを続けた。
「香雅里が高校を卒業後は、イギリスに留学すると聞いて、僕たち3人に変化が生じた。ずっとお互いが何かを言い出せずにいるような、そんな感じ。それでも、何も言わないまま時間だけが過ぎていった」
そんな昔話を始めた柊真さんのことを、颯真は不思議そうな顔で見ていた。
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