異動の理由

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異動の理由

深川さんは、もう70は超えていると思われる女性で、この会社の清掃を請け負っている会社のパートさんだった。 男性社員が中身の入った缶コーヒーをそのままゴミ箱に捨てようとしたのを、注意したことにお礼を言われて以来、話をするようになった。 気がつけば、お昼を一緒に食べるほど仲良くなっていた。 深川さんは全フロアを回っているだけあって、いろんな情報に精通していて、時々それを教えてくれる。 3Fは主に倉庫のように使われているフロアだから、女子トイレも人が来ることはない。 それを見越して「おいで」と言われたようだった。 階段を使って、3Fの女子トイレに行くと、深川さんは既に来ていて、わたしのことを待っていた。 「聞いたよ、異動するんだって?」 「はい。いきなり今日言われて……」 「急に売り場に異動って、会社もあんまりだよね」 「異動先って、販売なんですか?」 「聞いてないの?」 「……わたし、何かやらかしちゃったのかな」 それとも、販売促進部から販売へ異動なんて、よくあること? ふうっ、と深川さんはため息をついた。 「大垣優次だよ」 「えっ?」 「付き合ってたろ?」 「どうして知ってるの?」なんて、愚問だった。 深川さんはこの会社のことは何でも知っている。多分。 「日曜日にフラれました。もうつきあってる人がいるみたいです」 「その彼女誰だか知ってる?」 「後ろ姿だけ見ましたけど、誰かまでは……」 「専務の娘だよ。秘書課の高村聖奈」 「嘘……」 「自分と付き合ってるのに、あんたがその彼氏にちょっかい出してきてる、って父親に告げ口してた」 「そんな……」 「それと、あんたが休んでる間に、あの男、高村さんと付き合ってるのに、あんたが執拗に言い寄ってきてて迷惑してるって、部署の人らに有る事無い事言いふらしてた」 「言い寄るとか……そんなことしてない」 「あんたの方が長く付き合ってたのにね。ま、そういうこと。何も知らないままじゃあ納得いかないと思って」 「ありがとうございます」 「どうするの? 大人しく行くの?」 「どんな仕事でも、大切な仕事だから。企画の仕事が好きだったけど、きっと販売も好きになります。深川さんと、もうお昼ご一緒できないのは残念ですけど」 仕事を失うわけにもいかないから。 「黙っておこうかと思ったんだけど……」 「何ですか?」 「大垣優次が何であんなに早く主任になれたか知ってる?」 「仕事頑張ったから」 「あんたのやってきたこと、全部自分の手柄にしてきたからだよ」 「え?」 「これまで出した企画書にあんたの名前は載せてなかった」 「え? でも……」 「あんたが交渉して落とした初出展の店も、新しく開拓した店も、全部自分がやったことのように上に報告してた」 「どうしてそんなこと知ってるんですか?」 こんなの愚問だとわかってた。 深川さんは何でも知っているし、嘘なんてついたりしない。 「あたしらは、あいつらにとっては、いないも同然だから。清掃の人間なんて気にしてないんだろうね。あたしがゴミ集めてる横でペラペラ話してたし、PC上で企画書をあんたに見せた後、あんたの名前を平然と消してから上司に送信するのを何度も見た」 「そうだったんですか」 だから課長は、わたしが誰かに引き継ぎするような仕事なんてないだろう、みたいな言い方したんだ…… 「今まで黙ってたこと、怒ってる?」 「いいえ。わたしの名前が出るとか出ないとか、そういうのはどうでもいいです」 「小鳥遊さんならどこへ行っても大丈夫だね」 「褒め言葉ですね? ありがとうございます。深川さんも、体調崩されないようにお元気で」
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