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出会い
深川さんには、ああ言ったものの、本当は落ち込んでいた。
企画の仕事は本当に好きだったから、ずっと携わっていきたかった。
でも、何を言ったって決まったことは覆らないのだから、新しいところでまたいちからやるしかない。
気分を上げようと思って、大好きなケーキ屋に足を運んだ。
いつもは何かいいことがあった時に、自分へのご褒美に買っていたケーキ。
今日は、ちょっと違うけど、きっと好きな物を食べたら元気が出るはず。
引き継ぎの資料を作っていたら帰りが遅くなってしまい、お店に入った時にはもうあまりケーキは残っていなかった。
先に注文していた女性が、全部買い占めてしまうんじゃないかと思うくらいの勢いでケーキを選んでいく。
1個くらいは残しておいて欲しいな、そんなことを考えながら見ていると、女性が振り返った。
「良かったらシェアする?」
「えっ?」
初対面だよ?
「そうと決まったら、全部買っちゃおうっと」
返事してないのに……
言葉の通り、その女性は残っていたケーキを全部買うと、わたしをお店の近くの公園に連れて行った。
公園の中の、家族連れがよく利用する木製のテーブルと長椅子みたいなものがあるところに向かい合って座ると、女性は綺麗に箱をお皿のようにバラした。
「お金! 半分払います」
「ケーキはわたし持ちでいいから、コーヒー奢って」
「でも、ケーキの方が高いのに」
「いいから、ね?」
「ありがとうございます。コーヒー買ってきます」
近くの自販機でコーヒーを買いながら、今の自分の行動にあきれていた。
悪い人ではなさそうだったけれど、見ず知らずの女性といきなりケーキをシェアとか、いつもの自分だったら考えられない。
優次にフラれた日、見知らぬ男に文句を言った自分も、どうかしていたけれど……
コーヒーを買って戻ると、女性は既にケーキを半分づつに切り分けた後だった。
そして、わたしが椅子に座るとプラスチックのフォークをくれた。
「あの、初対面なのに、わたしが犯罪者だったら、とか考えなかったんですか?」
「それはお互い様だよね。でも、私はあなたを知ってるから」
「どこかでお会いましたか?」
女性は笑いながら、わたしに向かって指を差した。
それで、指された先を見た。
「社員証! 首からかけたままだったんですね!」
「そう。私は香雅里。初めまして花蓮ちゃん」
名前を呼ばれて恥ずかしくなった。
『花蓮』なんて、いつも名前負けしてると思っていたから。
優次だって、いつも「おい」とか「なぁ」とか、名前を呼んでくれることなんてなかった。
だから、久しぶりにこの名前を呼ばれた。
「ここのケーキ好き?」
「はい。いつもは買えないから、自分にご褒美みたいな時に買うんですけど……今日は、『頑張るぞ』のケーキです」
「頑張る、かぁ。いいね、そういうの」
「香雅里さんは? 何か特別の日ですか?」
「どうして?」
「いっぱい選んでらしたから」
「私は食べるのが好きなだけ」
香雅里さんはおかしそうに笑った。
「ねぇ、この新作、ナッツとベリーがすっごく合ってて美味しいよ」
「本当に! 何なんですかね? どうしてこんな絶妙な組み合わせが編み出せるんでしょう?」
夜に小さな街灯の下、ケーキを食べる女が2人。
側から見たら、きっと不思議な光景に違いない。
しかもお互い初対面。
香雅里さんは、本当に幸せそうにケーキを食べる。
多分年上なんだろうけど、その様子はかわいいと思えてしまう。
感想を言い合いながら次々とケーキを食べるのは楽しくて、異動のお祝いをしてもらえてるみたいだった。
だから、新しい職場でも、きっといいことがある。
綺麗にケーキを完食した後、ゴミを片付けた香雅里さんは、わたしがゴミを持って帰ると言ったのに、譲らなかった。
「また会えたら、連絡先を交換しましょう」
そう言って、にっこり微笑むと、香雅里さんは駅とは反対の方に向かって歩いて行った。
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