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結局のところ、落合さんは着替えにいった。
この探偵事務所は玄関を開けてすぐにリビングで、ソファーと
センターテーブルと壁の端に観葉植物。
依頼者との対応はここでやっている。
リビングにカウンター式のキッチンがあり、落合さんはコーヒーを
本格的に淹れて客に出す。
食事は依頼者がいないときにカウンターの椅子で食べている。
そして大きな衝立で奥の廊下を隠している。
廊下から先にトイレとバスルーム、落合さんの寝室がある。
探偵事務所とプライベートを分けれる便利な間取りなのだ。
ちなみに東京、大久保駅北口の近くの4階建てのビルの3階。
1階がライヴバーで2階が中華料理店、4階は空き家。
というわけで消えた落合さんの代わりに、僕は伊崎さんと会話した。
もちろん依頼の詳細は後回し。
僕の着ている春モノのカラシ色のコートを高円寺で買ったとか。
20代にして亡くなってるけど、悲壮感は、いまは感じないとか。
そういう自分語りに、伊崎さんは優しくうなづいてくれた。
「はいはいはい、すみませんね、陽気な幽霊の相手してもらえて」
スウェットから軽装になっただけの落合さんが痩せ型の身体で
衝立をスルリと抜けて登場した。
「はーい、陽気でーす。ところで落合さん、お腹がすいたままで、
依頼を聞いて頭が回るんですか?
さっきだって、チャーハンの匂いを嗅ぎつけて玄関に小走り」
「犬じゃねえんだから匂いで気づくわけねえだろっ。
階段を上がってくる足音が聞こえたんだよっ。
人間はね、ちゃんと足音がするんだよっ」
「足音ねえ、すみませんね~」
僕はフワフワと身体を宙に舞わせた。
「うっとおしいっ!」と、落合さんに怒られた。
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