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「マジ眠い。今日二時間しか寝てないわー」
早江があくびまじりに気だるげに話す。早江はよれたセーラー服姿に寝ぐせのついた髪の毛、目元に黒いクマを残していて、”イケてない”女子中学生って感じだ。
「あーはいはい、お疲れ」
「ちょっとー!」
私は雑に返事をして流し、早江は笑いながらツッコミを入れる。いつもと変わらない光景。だが、隣に座っている奈津子はやや苛立った様子で答える。
「寝てない自慢、いい加減うざいんだけど。授業中もほとんど寝ててしょっちゅう先生に怒られてるし。幼馴染が問題児だと、あたしの内申に響くかもしんないじゃん」
「ひっどーい!」
早江は笑いながら、髪を一本にひっつめている奈津子をこづく。奈津子が一瞬眉間に皺を寄せたのを、私は見逃さなかった。私はスッと鼻から空気を吸って、明るく努めて声に出す。
「ねえ、知ってる?隣の廃校で『死神の歌』が聞こえるって噂!」
「何それ!気になる~」
早江が食いつくが、奈津子は疑った目のままだ。
「先輩から聞いたんだけどさ。真夜中の音楽室で、死神が子守唄を歌ってるんだって。で、その歌を聞いたら眠るように死んじゃうらしいよ!」
「えー!ウケる。確かめに行くか!」
「あほらし。あんたたち、まだそういうの信じてるんだ。あ、あたしトイレ行ってくる」
一瞬、私の胃が凍った気がした。奈津子は私を一瞬見降ろした後席を外し、廊下にいる男子たちと話し始めた。その様子を、私と早江は遠くから見つめる。
私と奈津子と早江は幼馴染で3人いつも一緒だった。私は三人で冒険するのが大好きで、よく怪談話を持ち掛けては肝試しに行った。それが、なによりの楽しみだった。
けど、中学生になってから奈津子は変わった。元々奈津子は美人だったけど、眉毛を整えたり髪型を変えたりして垢抜けた。その頃からか、私達よりも可愛い子や、イケてる男子たちと話すようになっていった。
早江が寝てない自慢をしだしたのと同じ頃、奈津子はだんだん素っ気なくなっていった。
「ねえ、結衣。私はその噂、信じるよ。二人で確かめにいって、奈津子をギャフンと言わせない?最近、奈津子ってウチら馬鹿にしてる感じするしさ~。幼馴染なめんなよ、って知らしめないとね!」
早江はいたずらげに笑う。こういうとき、早江は嫌な事を笑いっぽく昇華できるのが羨ましい。でも、早江も奈津子に不満を感じていたことがわかって少し嬉しかった。
「いいよ。ちょっと季節的には早いけど、肝試ししようか」
***
私と早江は、真夜中の二時に廃校の校門に待ち合わせをした。懐中電灯を持って歩きながら、どこが音楽室なのか、ひそひそ声で話し合う。真っ暗の中、汚れて朽ちた廊下をギシギシと歩いていく。この、冒険のようなワクワク感と、真夜中の廃校に行くという背徳感にテンションが上がっていた。
「昔、三人でよく肝試ししたよね」
「そんなときもあったね」
私が話しかけると、早江は少し間を置いて答えた。
「あの頃は、楽しかったなあ」
早江は寂しそうな遠い目をした。その時、上の階からおぞましい呻き声が聴こえてきた。何と言っているかわからないが、聴くだけで冷や汗をかく嫌な声だった。
「うわっ!何この、酷い声……。これは、ちょっと、ヤバいかも……早江?」
私が早江を見たら、思わず後退りしてしまった。早江は、両膝を地面について、両手を組んで顔を上に向けて涙を流していた。
「ああ……なんて、心地良い歌声! 聴いているだけで、心安らぐ……。もっと、近くで聴きたい!」
「早江っ!」
早江は私を置いて走り出してしまう。私は、早江の異常な反応に酷い寒気を感じ、急いで早江の後を追って駆け出す。追いかけていく程、歌声の元に近づく程、苦しくなって心臓がバクバクする。
耳を針で刺すような、痛みを伴う悲鳴のような歌声に、私は耐えられず耳を両手で塞ぎながら早江を追いかける。この歌声を聴いていると、気が狂いそうになる。
「早江っ!ダメ、行かないで!」
早江にあともう少しで手が届きそうなところで、早江は音楽室の中に入り、扉に鍵をかけてしまう。
「早江!何してるの!早江!」
「ごめんね結衣。これで、やっと眠れる……」
私は、つんざく叫び声に耐えながら、耳から手を離して何度も扉をたたく。何度叫んでも何度扉を開けようとしても、早江は音楽室から出てこなかった。最後に聴こえたのは、怪物のような低い恐ろしい声。
「眠れ」
私は意識を失った。
***
私は病院のベッドの上で、窓の外を見る。看護師さん曰く、今日は近くの公園で音楽フェスタをやっているらしい。音が聞こえなくなった私には、関係のないことだ。
それでも、命があるだけマシなんだろう。早江は、あの音楽室で死んだ。眠るように、息を引き取っていたらしい。そして、後日警察が家宅捜索に入ったところ、遺書が見つかった。
早江は、奈津子たちから陰湿な虐めに遭っていた。それを、決死の思いで親に話したら、あんたの責任だと言われて。それ以来、何かあっても笑って誤魔化すようになった。そうして、日に日に眠れなくなっていったという。
『結衣は、奈津子を悪く言わないから、結衣も奈津子の味方なんだろうな。だから、言えない』
早江のノートには、そう書かれていたらしい。
私は、大馬鹿者だ。
どうして、気づけなかったんだろう。早江の「寝てない」は自慢なんかじゃなかった。早江なりの「助けて」のサインだったのに。気にしなきゃいけなかったのは、奈津子じゃなくて早江だったのに。
私は、自分の声がわからないまま、泣きながら子守唄を歌った。早江が、天国でぐっすりと眠れるように。
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