ネコにでもなりたそうな人

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ネコにでもなりたそうな人

 私は別にネコじゃないし、ネコ好きなわけでもないけれど。ネコと聞いて思い浮かべる人が、同じクラスにひとりいる。  自由奔放、気まぐれ、昼寝好き。天気の良い昼休みなんかは、食べるのも忘れて日当たりの良い席で5限開始まで昼寝しているような。  決して短いわけでわない髪を、なんだかサラサラとさせて艷やかな。比較的小顔で全体的に細っこいから、しなやかな雰囲気の人。  そんな、元カレ。ネコと聞けば私は真っ先にその人を思い浮かべる。 「なあ、ゆーさん」  そして眠たげに低い、猫なで声。教室の隅で眠りこけていたそいつは、起こした私を見るなり、意味深な笑みを浮かべながら私に話しかけてきたのだ。  ちなみにゆーさんというのは、私の名前が悠里でゆー、そして別れたのだから距離感としてのさん付け、だとか。ちなみにゆーともゆーちゃんとも呼ばれた記憶はないのだけれど。 「ちょっと相談あるんだけど、いい?」  私が何を思うかなんて構う素振りもなく、なぜだか意地悪そうにすら見える笑みを浮かべながら目を細める。そう言えば、ネコが人の顔を見た時、眠たそうに目を閉じかけているのは、敵意がない現れなんだとか、なんとか。 「とりあえず後で。みーさんも早くしないと授業遅れるよ」  与太話は置いておいて、私はすぐ近く、自分の席から教科書を取り出しながら返す。ちなみに元カレの湊人だからみーさんで、私は移動教室先で教科書を忘れたことに気づいたから戻ってきただけ。他意はないのだ。以上。 「えー、もうそんな時間? まあいいや、それより聞きたいことなんだけど」  こんな私の透けて見えそうな内心なんて、どこ吹く風に。そして、おもむろに席から立って、頭の上で手を組むような、大きな伸びを一つ。本当に、なんだかネコっぽいなといつも思う。  ところで、相談事というのもどうせ、ろくなことじゃないのだ。  というより、コイツ自身がろくなヤツじゃないんだ。フラれた私が思うんだから間違いない。そう断言できる。  なんか気が合いそうな気がしたから。オレのことよく知らないなら、試しに付き合ってよ。  そう言われたのが高校に入学して知り合った、次の日。  それきり、二人きりで会う機会もないまま『なんか違う気がした』とメッセージが届いたのが1週間後。  その次の日には「カバンに付けるキーホルダーのオススメを教えて」と聞いてきた時は、仲直りでもしたいのかと期待、してしまったものの。次の次の日、別のクラスメイトにソレを渡そうとして丁重に送り返された様子を目撃してしまったのだ。 「ゆっくりしてるとホント遅刻するから。大したことは聞けないよ?」  どうせ今日の相談事だって大したことじゃない。そう分かりつつ、聞いてみてしまう。  例えば、告白めいたことをされた次の日から、『付き合ってるなら名前で呼んで』とか『二人で出かけるならどこがいい?』だとか、ちょっと私から押しすぎてしまったのだと、今は反省している。  この人の気質はネコっぽいのだとか、向こうのペースより構いすぎたのが息苦しく感じたのだろうとか。今なら、分かるのだけれど。 「今度は、何を聞きたいの?」  何故か答えず無言の間を見せるみーさんに、急かしてしまうみたいに。これは、私の悪い癖なのだろうか。それとも。 「ん、歌。選んでほしいんだけど」  そして思ったより遠い声に目を向ければ、向こうから聞いてきたのに私を置き去りにして、教室を出ようとする姿。あぁ、流石だなと思いながらその背を追う。  で、なんの歌? 目で問いかける。 「気になる子がいて、歌、作ったんだけど」 「えっ……ちょっと、えっ?」  そしてみーさんは分かりやすくも理解ができない、なんか凄いことを言ってみせた。自作の歌。気になる、程度の相手への。 「どっちが、その子のイメージに合うかな、って」  相も変わらず私の思いなんて置き去りにして。なぜだか得意げに目を細める笑みを浮かべながら、みーさんは私の横を歩く。  仮にも付き合ってたときには一度もなかった、二人きり。そして、仮にも私をフッてからは割と頻繁にある、他に誰も交えない相談事。 「え、えーと。何、好きそうな曲を選んで、とかじゃないんだよね。歌、作っちゃったんだ。へー、そっかー」  こんな一方的に気まずい、他に誰も居ない廊下。あぁ、この人はネコの悪いところを擬人化したみたいで、嫌なやつだなぁ、だなんて思う。  そんな、私が返す言葉に迷いながら必死に相槌を重ねていた瞬間にも。  我関せずとばかりに、みーさんはまた、大きく伸びをする。 「……それ」  お昼休み、日が高いところにあるから相対的に暗い廊下でも、眩しげに目を細めて、勝手に心地よさそうな彼に向けて。 「人に話聞いてもらってるときに、そういうの、他の人の前だとやらないほうがいいよ」  少し、ほんの少しだけ。この人も、私も、嫌なやつだなと思ったりもしながら。まるでひとりでに、私の口はそんな言葉をこぼしていた。  そして、みーさんは伸びをした姿勢のまま、キョトンとした表情をしてみせた。そして顔色に迷ったまま伸びだけは完遂してみせて、腕をおろして、それから。 「いや、こんなふざけたマネ、ゆーさん以外にするわけないじゃん」  何を考えているのかも見せないような、意地悪な笑み。ふてぶてしいネコのように目を細めて。  一瞬、息が詰まる。あぁ、みーさんも、私も、やっぱり嫌なやつだなと改めて思いながら、私は顔を背ける。  試しに付き合って、訳もわからない内にフラれて、なのにむしろ親密にさえなったような。私にしか見せないらしい仕草まで添えて。  悔しいけれど。こんな、別れた次の日から別の子への相談を持ちかけてくるような輩に、私は、未練があるらしい。重くするのが良くないと分かっているから、だなんて自分に言い訳するみたいに内に秘めて、嫌なヤツ相手に勝手に悩む、そんな嫌なヤツ。 「一曲は、なんか感動しそうなやつ。多分親が聞いてたのに影響されてんだよなー。ちょっと古い感じの」  そしてこんな私の重力から逃れて、自由気ままに好き勝手する、嫌なヤツ。 「あともう一曲は、もしかするとゆーさんも好きな感じの曲で──」  本当、人の気も知らない嫌なヤツ。だけどこれ以上顔を逸らし続けるのも癪で、でも真面目に聞くのも、少し痛くて。  だから、私も。  あざといくらいに、急に、伸びをしてみせてやる。  頭の上で腕を組んで、首とか背中を思い切り伸ばして。別に眠たかったわけじゃないけれど、なんだか目が覚めるような、心地よさ。 「……それ」  隣から声。特に意味のない意趣返しでも、流石に何かが伝わっただろうか。気持ちよさも相まって、純粋に笑みが零れそうになる。 「なんて言うんだろ、煽情的?」  そんな気分は一瞬で吹き飛んで、勢い余って思わず彼から物理的な距離を取る。何だか気温が下がった気がした。多分今、人生で一番ドン引きしている。  そう。例えば今、本気で引きに引いたのだけれど。 「じょーだん」  そしてまた日に当たるネコのような笑顔に、息をし損ねるほどの熱っぽさを覚える。ドン引きするくらいで話が終わってくれるなら、どれだけ楽だっただろう。そんなことを思いながら。 「で、決めそこねてるから後で聞いてくれない?」  きっとその気も何も、欠片すらもない二人きりへのお誘い。 「なんか逆に気になってきたから、後でよかったら聞いたげるけど?」  断りきれない私が、一人、勝手に重いだけなのだろう。少しみーさんの自由気ままな笑みを羨ましく思いつつ。 「おっけ、じゃあ放課後屋上。あ、歌詞はそん時だけゆーさんに変えておくから」 「なにそれ歌に名前入ってるの!? なんかもう本当にある意味楽しみ」  つられるように、私も笑う。誰かを歌うことも、代わりに私を歌われることも、少し胸を刺すだろうことだって分かっていながら。いや、それにしてもイマドキ凄いセンスだとは思うけれど。  とにかく。きっとこうして彼が隣で伸びをするたび、私がフリーでいる期間も延びていくんだろうな、だとか。そんな、なかなか消えない引っ掻き傷。
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