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朝、窓際で吸う煙草は。
朝方の肌寒さでいつも目が覚める。もう少しくわしく言うなら左半身の寒さで。右側はいつもあたたかい。この借家の主が寝ているからだ。若い男。生意気で、口うるさい。情にあつくて、床じゃ前戯がねちっこい。中年相手にそんな熱っぽく抱ける気が知れないが…本人にしてみりゃ俺は魅惑的なんだろう。身体の相性も悪かないので、俺も悪い気はしない。
「空き缶に煙草…入れんのやめてくんねーかな」
「あ〜…すまん」
のそりと起きてきて、若人は開口一番にそう抜かした。俺は年季の入ったクソアパートの一室で、この目の前の面の整った若造と、ケツを寄せ合って暮らしている。何でこんなに平々凡々と生きてんだか。いつの間にか辺りは明るくなっていた。空は青いし、窓から風がいい感じで入ってくる。コイツと出逢った時の自分が嘘みてえだ。
「そう言ってやめた試しねーじゃん。この口だけヤクザが」
「は?もうヤクザじゃねえし。ただのおめーのイロだよ俺はよ。」
ソープ嬢の息子だったこの悪タレは、その他のクソ家庭のように例に漏れずろくすっぽ育ててもらえず。いつも取り立てに来ていた俺を、恨めしそうに見ていた。よくあることだ。そう思って最初は相手にしていなかった。自分もそんな生い立ちだし。ヤクザの俺に言えることなんぞない。まあ…でも。通ってるうちに、ぽつぽつと会話をするようになった。そうすると否が応でも距離は近くなる。そんな日々のある日、気まぐれで助言じみた発言をした。
『逃げろよ。そしたら飯も食えるし学校にもちゃんと通えるぜ』
『…うるせえ』
『生きたきゃ自分で行動しろ。』
そのやり取りが最初で最後の余計なお世話だった。それから一年と経たず、母親は蒸発した。物理的に取り立ては出来ず、接点は呆気なく無くなった。近くの施設に引き取られたコイツと、再び会ったのは俺が瀕死の時だった。ドジを踏んで下っ腹を刺されて、路地裏で転がっている俺をコイツが見つけたのだ。
『おい…アンタ。こんなとこでくたばるのかよ』
なあ…まだ、生きたいか。
唐突に問われ
『べつに…そう、…でもっねえ』
そうとっさに答える。
『生きたきゃさ、自分で行動』
…しないといけないんだろ?
そう言って伸ばされた手。…覚えてたのか。思わず上がる口角をそのままに、遠ざかっていく意識をギリギリ保ってその手を取ったのだった。たった一度きりの、善業とも言い切れないようなお節介で、命拾いをした。それから俺は体のいい理由をつらつら並べられた挙句、抗争相手の組との取引材料にされた。利用出来るモノは死にかけの組員でも使え。破門された俺は行くあても見つからないまま、入院生活を送っていた。
『行くとこねえなら、俺ん家くれば』
『はあ?なんで』
『べつに。とくに理由とかないけど』
…それから今に至る訳だ。こんなに長く居座ることになるとは。ケツ、貸してくんない。そう言われて押し倒された時、ああなるほどこういう理由で、コイツは俺を引き入れたのか、と自己解釈をした。つまり面と向かってそのへんの話をしたことがない。
「へえ…イロ。そんなふうに思ってたんだ」
「何だよ。俺のケツレンタルしといて…便所だって言いたいのか?あ?」
「アンタ下品だよねほんと。便所なんて思ったことないよ」
ひとつ溜息を吐いて、ゆっくりと再び口を開く。昔、俺ん家に取り立て来てた時。取り立てにもう一人連れてただろ。車でそいつとキスしてんの…見かけたことあったんだよね。そん時のアンタのキス顔が最高にえろくて。あの頃の心の支えってアンタだったし、そんな矢先に意図せず目撃してさ。思春期ど真ん中で、頭ん中ぐっちゃぐちゃのタイミングで精通。俺の初めてのズリネタはアンタ、なんだわ。
「…朝に聞くカムアウトじゃねえな」
「アンタが出ていく素振りを見せたら、監禁するつもりだったけど」
「おい」
「あっさりケツ貸してくれるわ、長いこと居着いてくれるわで。犯罪おかさずに済んだんだよね」
だから俺はアンタのこと、ずっと嫁さんだと思ってたよ。煙草の灰が、窓枠に落ちた。慌ててはらう様を、にやついた顔でヤツが見ている。随分と執念深い男のもとに転がり込んだようだ。お前、諦めが悪いだろ、と言えば、ご名答、と返ってきた。
「…思いもよらない事実に戸惑うわ」
「受け止めて諦めて観念してよ。ずっと愛してやるから」
「言っ…てて恥ずかしくねえか、それ」
「べつに。アンタ以外に興味一切ないし。」
外野に何と思われようが
痛くも痒くもない。
「…特異な趣味してんな」
「いい趣味、でしょ」
何を言ってもドツボな気がする。降参だと煙草を消して、両手を上げれば、缶と煙草を取り上げられて、布団に引きずり込まれた。仕事は、と言えば、今日と明日は休みだ、と返される。昨日散々ヤッただろうが。お前みたいに若くねえんだよ、と言えば、勃たなかったら止めるよ、と言いつつスエットを脱がされる。まだ朝だ、とか。色々言いたいことはあるが、とりあえず一発だけは付き合ってやるか、と身をゆだねる。元々、コイツがいなけりゃ、なかった命なんだし。それくらいは。
「…俺の旦那だって言うなら、もうちょい稼いで広い家に住まわせろよ」
「そのために頭金いま貯めてんの」
「…左様でござーますか」
もう…良いか。
気の向くまま、おもむくままに。
どんつきまで連れて行ってもらおうか。
end
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