花火の照らす最後の夜に。

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「世界って、明日終わるらしいよ」  今日の昼飯オムライスだって、くらいの軽いノリで、僕らは既に全世界に知れ渡った絶望の言葉を交わす。 「知ってるわ。隕石が墜落するんでしょう?」  どうやらとてつもなく大きな隕石が地球と仲良くしようとしているらしいと知ったのは、もうそこそこ前のこと。 「何としても、明日までに世界の果てに辿り着かなきゃなぁ……」 「ふふ、そうね……風雅くんが望むなら」 「何それ、葉月ちゃんは逃げ切りたいって思わないの?」 「だって、地球が消滅するくらいの隕石なんでしょう? どこに逃げたって変わらないわ」 「そうかも、知れないけど……でも、僕は嫌だよ。葉月ちゃんを、死なせたくない」 「私も、風雅くんには生きていて欲しいわ。だけど……もう十分、幸せよ」 「まだだ、何としても二人で、世界の果てに辿り着こう……生き延びて、これからもっと、二人で幸せな日々を送るんだ」  地球滅亡、終末へのカウントダウン、そんな全人類共通の余命宣告を受けたにも関わらず、特に何をするでもなく日常生活を続ける皆を尻目に、僕はそのニュースを聞いた翌日には葉月ちゃんを連れて、生まれ育った町を出た。  夜中にこっそり、お宝を盗む怪盗のように葉月ちゃんを連れ出した。当然のようにすぐにバレて、葉月ちゃんのスマホには彼女の父親からの連絡がたくさん入っていたけれど、もう必要のないものだとそのスマホは川に捨てさせた。  これでもう、僕たちの逃避行を邪魔するものは何もない。  同じクラスだったものの、あまり話したこともなかった彼女『小鳥遊葉月』に興味を持ったのは、隕石のニュースが始まる半年前のことだった。  色白で繊細な雰囲気の彼女は、いつも教室の片隅で本を読んでいるような、おとなしい子だった。深窓の令嬢という言葉が似合う、少し近付きがたい存在だ。  けれどある日、休み時間に友達の花也とふざけていると彼女の机にぶつかってしまい、僕は彼女の本を落としてしまった。 「ごめん、小鳥遊さん!」 「いえ、平気……あ」  本を拾おうとしてお互い手を伸ばした時、制服の袖から覗く彼女の腕に包帯が巻かれているのを見てしまった。  彼女は咄嗟に手を引っ込めたけれど、もう遅かった。  腕だけではない、近くで見て初めて気づいたメイクで上手く隠した顔の痣に、指先に残る細かい傷。彼女に何かあったのは明白だった。  繊細な壊れ物のようだと思っていた深窓の令嬢は、傷だらけの姫君だったのだ。  彼女が心配で何度も声をかけるうち、その気持ちはやがて恋心へと変わっていった。  最初こそ傷について誤魔化すようにしていた葉月ちゃんだったが、ある日メイクでは誤魔化せないひどい怪我をして学校に来た日に、ついに話をしてくれた。  彼女は父親から、日常的に暴力を受けていたのだ。酒を飲むと暴れるのだという彼女の父親と、それを受けても泣き言ひとつ溢すことなく仕方ないと言いながら傷を増やす彼女。  腕に包帯を巻いても、足にアザを作っても、逃げ出す気も改善する気もなく、心配する僕にただ申し訳なさそうに微笑む葉月ちゃんに、僕はもどかしさと共に悔しさを感じていた。  もっと僕に力があれば、彼女を守れる。早く僕が大人になれば、葉月ちゃんを連れて遠くに逃げられるのにと、毎日のように思っていた。  本当なら、然るべき場所に相談すれば、彼女を保護して貰えたのかも知れなかった。  それでも、父親から離すために彼女が遠くにいってしまう可能性があるなら、その手は使いたくなかった。離れ離れにはなりたくなかったし、僕の手で彼女を救いたかった。すべてただのエゴだ。  僕はそんなエゴの傍らで何度も救う手立てを考えていたけれど、隕石の襲来により残りの時間が明確になった以上、後先なんて考えている暇はなかった。
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