歌うこと

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 社長の水原がライブ会場にいたのは、テレビの取材が入るのはもちろんだが、自ら接待を重ねて必死の営業で取った案件だったからだ。今日も会場に一番乗りすると、政府関係者やスポンサーを見つけては今日出演する女性アイドルグループを売り込んでいた。  そんな時、突然グループのマネージャーから電話がかかってきた。嫌な予感がして水原はすみませんと言うと席を立った。 「どうした、何かあったか?」 「すみません。メンバーがやっぱりロボットの後に歌いたくないと言い出して、何を言っても聞きません。リハーサルが始まってて、あと10分もすればうちの出番なんです。社長、来てください!」 「わかった、すぐ行く。何があったか詳しく説明してくれ」  水原は駆け出した。ロボット女性アイドルが目玉のこのライブへの参加は、最初からメンバー全員が嫌がっていた。それを水原が一人ひとり根気強く説得して今日を迎えたのだ。 「メンバーが舞台の様子を見に行った時に、舞台袖で運営スタッフが話してたそうなんです。休まない、文句もわがままも言わない、ご機嫌取りしなくていいい、AIで受け答えは完璧、アドリブにも強い、不倫もしない、だからロボットの方がいいって。それが控室のメンバー全員に伝わって、これまで抑えてた不満が一気に爆発してしまって…」 「うちへの当てつけだな」  今日はメンバーの一人が体調不良で休み、二人が遅刻、スタッフにはタメ口で物言いをするしアドリブは無理、不倫で謹慎中のメンバーもいた。  控室の前でスマホを持ったマネージャーが見えた。水原はスマホを切った。 「社長、お忙しいところすみません」 「いいか、落ち着いて冷静に対処するぞ。これまでの苦労を無駄にしてたまるか」  水原は目を閉じて6秒間、深呼吸をして息を整えてからドアを開けた。 「マネージャーから聞いたよ。みんな大変だったな」  控室のメンバー全員が水原を見た。リーダーが立ち上がって近づいてきた。 「社長、わたしたちもう我慢できないんです。このライブには出ません。政府のロボット推進キャンペーンだか何だか知らないですけど、ロボットに歌わせるとかアイドルなめんなって話ですよ! 見た目は完璧な美人でも歌はコンピュータが作って再生してるだけでしょ。ライブやる意味ありますか? 人が歌うから人は感動するんです。それが音楽ですよね? 私たち口は悪いですけど少しでもいいものを見せたいから意見するんです。なのにロボットの方がいいとか、ここのスタッフは最低です! 今日の観客だってロボットがどんなものか好奇心で見にくるだけでしょ? 音楽が好きな人がいるのかわからない。こんなライブに出る意味ないと思います!」  溜め込んでいたものを一気に吐き出して、少し冷静になってきた。 「もちろん社長が頑張って取ってきてくれた案件なのはメンバーみんなわかってます。でもみんなで話し合って、やっぱり出たくないんです…」  リーダーが全部話し終わるのを待って、水原は落ち着いた口調で話し出した。 「みんなに苦労をかけて本当に申し訳ない。君たちが言っていることは正しいよ。今日の観客の大半は音楽とは無縁の政府関係者と大企業のお偉方、その関係者や招待客だ。うちを含めゲストのアーティストのファンは少ないだろう。もしかしたら運営スタッフも私たちと同じ思いでモチベーションが下がってしまったのかもしれない。君たちの言う通り、ロボットに人を感動させるライブは無理だ。だからこそ、君たちが出る意味があると私は思っている。音楽に関心のない人たちに、本物の音楽とはどういうものか、人とロボットの違いは何かを、君たちのライブを観てぜひ感じとってもらいたい。そのために、ロボットのすぐ後の出番は、他のアーティストからも希望があったけど、営業をがんばって取ってきたんだ」  実際は、他のアーティストが嫌がって埋まらないので、そこなら出してやると言われたものだったが。  水原はメンバーの表情が変わってきているのを見逃さなかった。 「周りが何を言おうと気にするな。君たちはやりたいようにやればいい。責任は私がとる」 「社長…ありがとうございます」リーダーはそう言うとメンバーを振り返った。「みんな、リハの順番が来るよ、さぁ行くよ!」    リハーサルは無事終わり、本番までに運営スタッフと会話をしておこうと水原は舞台袖にやってきた。  ふと見るとテレビの取材クルーがリハーサルで撮った映像を確認していた。パソコンの画面にメンバーの顔が見えたので、話しかけるチャンスと水原は足を向けた。パソコンの正面にひとり座っているのがプロデューサーだろう。周りのスタッフへの指示が聞こえた。 「…よし、決めた。本番では少し離れて舞台全体を撮ろう。間奏と最後の決めポーズの時だけメンバー順番にアップ。素人が撮ったみたいだな…そんな顔しないでよ。仕方ないじゃん、アップにしたらモロバレなんだから、口パク。だから言ったろう、ロボットの方が絶対にいいって」
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