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君は、きみ。
君……若菜は、飲み会は好きではないが、花見は好きらしい。
お互い、何かあると飲みたがる教授の研究室に所属していたからか、僕たちは、花見の期間は毎日のように顔を合わせることになった。
「会話ができなくても、花を見たらいいから、この時期の飲み会は好きなんです。まれに、女性との会食の席にもお誘いは頂くのですが、私は、自分の会話がつまらないことを自覚していますので、ご迷惑ですから、伺いません」
そう。
彼は、自分を私、と言う。
それが、とてもよく、似合う。
「お酒は、一人でたくさん飲むのが……好きなんですよね」
彼は、かなりの酒を飲む。
初対面のときの、あの一升瓶。
あれも、空だったものを回収し、酔い潰れた連中が残したものを集めて回って、一人でこっそり楽しむために持っていたというのだから、驚きだ。
「確かに、まあ、君は飲むし、飲める人だよね。でも、迷惑なんてことはないよ。君だったら、文学部とか、他大学の女子学生も喜んでくれるのではないかな。君の容姿は整っているから」
やっと学問に集中できるようになった、昭和のこの時。よき時代。
手をつないで歩くことなどは難しいが、きちんとしたところで少しばかり女子と会話をするくらいのことは許される。
「容姿……?」
何のことか分からない、と本気で考え始めた若菜。
僕は笑いを、いや、爆笑するのをこらえていた。
女性でも、もしかしたら、男性でも。
若菜の外見を好むすべての人に、伝えて回りたい気持ちに駆られそうにもなった。
皆さん、彼は、自分の容姿がよいことに、頓着してはいませんよ、と。
「貴方に褒めてもらえるならば、私の容姿も、捨てたものではないのかも知れませんね。ですが、桜を見ましょう。きれいですよ」
どうやら、若菜の容姿を褒める権利は、僕に一任されたようだ。
彼の外見を好む方たちには、申し訳ないという気もしたが、これは、仕方がない。
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