アフロディーテの涙〜その2

1/1
前へ
/19ページ
次へ

アフロディーテの涙〜その2

「状況を詳しく話してくれ」 カフェテラスでの一件は伏せ、私は先を促した。 小さく頷き、再び鞄から何かを取り出す尚文。 それは、一通の白い封筒だった。 私はチラリと尚文に視線を送り、封筒を受け取った。 宛名は【雅氷見子様】となっているが、差出人の名前は無い。 中を覗くと、便箋が一枚入っていた。 私がそれを取り出すと、クイーン、ドイル、クリスが側に寄ってきた。 『お前は、俺のものだ。俺以外の男たちとは、絶対に関わるな。もし破れば、お前は地獄の苦しみを味わう事になるだろう』 それは、印字された文章だった。 「……まさに、脅迫文ね」 開口一番、クイーンが呟く。 「って……典型的なストーカーの決まり文句だね」 続いてドイルも言い放つ。 その横で、クリスがウンウンと何度も頷いた。 「それで……これが、その(みやび)氷見子(ひみこ)さんのところに?」 私は、無地の便箋と封筒を丹念に調べながら言った。 「始まったのは、一週間前からだ。最初はイタズラかと思ったんだが、それから毎日送られてきたらしい。それで昨日、どうしたものかと本人から相談を受けたんだ」 「どうして、お前に?」 封筒から尚文のボサボサ頭に視線を移して、私は尋ねた。 「たまたま俺が、彼女の教育係を任されたんだよ。ウチのコースでは、昔から上級生が下級生のサポートをするのが(なら)わしでね……彼女は一人暮らしな上、学校にも友人がいないため、俺くらいしか相談相手が思いつかなかったようだ」 そう言って、尚文は肩をすくめて見せた。 「一週間前という事は、手紙は全部で七通あるのか……内容は皆同じなのか?」 「ああ。どれも全く同じだ。今見せたのは、つい昨日届いたやつだよ」 私の問いに、尚文は便箋を睨みながら答えた。 まるで汚物でも見るような眼差しだ。 「消印は、この町の郵便局になっている。他の手紙も同じなら、差出人はこの町か近郊に住む者の可能性もある」 「……同じ消印だよ」 私の解説に即答する尚文。 この男も、同じ推測をしたようだ。 「それで……当の本人に、心当たりは全く無いのか?」 「本人は無いと言っている……いや、それどころか……」 私の質問に、尚文はなぜか言葉を濁した。 表情に苦悶の色が浮かんでいる。 どうも、この場では言いにくい事があるようだ。 「この手紙の差出人を見つけ、ストーカー行為をやめさせる──それが、お前の依頼なんだな」 私は深くは追求せず、話題をまとめた。 この男が言い淀むなど、よほどの事に違いない。 尚文は渋い顔のまま、ぎこちなく頷いた。 「……とにかく……一度、会ってくれないか……彼女に」 尚文が絞り出すような声で言った。 会えば分かる…… 恐らく、そう言いたいのだろう。 その様子から、雅氷見子なる女性に何かしら問題があるのは明らかだった。 「……分かった、引き受けよう。丁度今回の研究テーマを決めている最中だったんだ」 そう言って、私はメンバーの方へ向き直った。 「どうだろう?ストーカーなる人種のとるの源泉を探ってみようじゃないか」 私の言葉に、皆一瞬戸惑いの表情を見せるが、すぐさま肯定の意を表した。 「そうね。その雅さんを助けてあげましょう」 「ストーカー野郎を、ガツンとやっつけよー!」 「悪い人……嫌い」 クイーン、ドイル、クリスが賛同の言葉を口にする。 私は大きく頷くと、視線を再び尚文に戻した。 「すまん……助かる」 そう言って、尚文は珍しく素直に頭を下げた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加