ポセイドンの槍〜その3

1/1

21人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

ポセイドンの槍〜その3

その日のうちに、レイニーマウスは大学側が撤去した。 特に被害なども無いため、ただのイタズラとして処理するようだ。 勿論、噴水の中は調べようともしなかった。 イタズラごときに余計な労力を割くほど、暇では無いという事だろう。 野次馬も散会し、夕方にはいつもの森に戻っていた。 「……まずは、人物像を特定するとしよう」 研究室に戻り着座すると、私は早速切り出した。 クリスが、皆の前にコーヒーを置いてまわる。 「ありがとう」 クイーンがニッコリ笑って言うと、少女は恥ずかしそうに頷いた。 「それには、あの貼り紙をした者──書かれていた名前に従って、ポセイドンと呼ぶ事にする──の狙いを探らねばならない。一体奴は、何のためにあんな事をしたのか……」 「メモの内容を鵜呑みにするなら、あれが何かを見つけるためのヒントであるのは確かね。ただ、レイニーマウスのあの状態から見て、とても善意で書かれたとは思えないけど……」 私の課題提起に、クイーンが即座に答える。 「血のりの付いた(はりつけ)の鼠……確かに暗示的ではあるな。貼り紙だけなら不特定多数が相手だが、あのぬいぐるみが対象者を特定している可能性もある」 そう言って、私はメンバーをぐるりと見回す。 「ポセイドンは、ある特定の人物に向けメッセージを送ろうと、あのメモ書きを『ポセイドンの槍』に掲示した。レイニーマウスは、その人物に『お前が対象者だ』と知らせるための、一種の目印なのかもしれない」 私は、淡々とした口調で解説した。 固唾を呑んで聞き入る皆の表情に、緊張が走る。 「レイニーマウスに関係のある人物……か」 顎に手を当て、ドイルが呟く。 「何となく、今流行りの【リアル謎解きゲーム】に似てるね」 「リアル……謎解き……?」 ドイルの漏らした言葉に、クリスが不思議そうに首を傾げる。 「あれ?クリちゃん、知らない?実際の家屋や街中を使って、ヒントをもとに制限時間内に謎を解き、お宝を見つけるゲームさ。画面上のゲームには無いスリルと緊張感が味わえるので、若者には人気だよ」 ドイルの説明を聞きながら、次第にクリスの目が輝き出す。 【お宝】と聞いて、興味が湧いたらしい。 「ある意味、それは正解と言えるな。ストレートに在処(ありか)を示さない点からして、その人物に対し『欲しければ、謎を解いて探せ』と挑発しているんだ」 私は、ドイルの顔を見ながら言った。 「でもあの文面を読む限り、探し物がにあるのは確かだよね。表現は遠回しだけど、どう考えてもそれしか無いよ」 そう言って、ドイルは肩をすくめた。 クイーンとクリスも、小さく頷き同意する。 「ああ……だがそれを立証するには、あの噴水を徹底的に調べてみる必要がある」 私の返答に、一瞬会話が途切れる。 大学側が調査不要と判断した場所を、改めて調べるにはそれなりの理由がいる。 だが今すぐには、適当な理由が思いつかなかった。 私はゆっくり立ち上がると、ホワイトボードに向かった。 「……ともあれ、現時点において推測し得るポセイドンの人物像は、だ」 ボードに何やら書き込みながら、私は説明を再開した。 「一つは、誰かに固有の感情──悪意や怨恨を持つ人物である可能性。これは、あのぬいぐるみの悲惨な状態からも判断できる。対象者に個人的な恨みを持つ者が、何らかの復讐を企てているとも考えられる」 私はボードに、「怨恨」「復讐」といったキーワードを記載していった。 「そして、もう一つは……これは、少し特殊なケースだが……」 そこで一旦言葉を切ると、私はまたボードに何かを書き記した。 「ポセイドンが、【シャーデンフロイデ症候群】である可能性だ」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加