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「杉本ちゃんと静香と、そこのファミレスで勉強するべって言ってるんだけど、郷田も行くだろ?」
放課後、藤はニヤニヤしながらそう言うと、僕の肩に腕を回した。
藤は僕が静香に片思い中なことを知っているため、協力してくれるらしい。
美術部の静香は、コンクールに出展した作品が佳作に選ばれたことに歓喜し、発作を起こしていた。小さくぽってりとした唇から発せられた静香の透き通った歌声は、それはもう美しかった。そしてどこか少し照れくさそうな表情を浮かべながらも、喜びに満ちた笑顔は愛らしく、僕の心をつかんで離さなかった。
この奇病が蔓延する前、静香は名前の通り、もの静かで目立たないタイプの女子だった。だからあまり意識することもなかったし、話したことすらなかった。だが、静香の発作を目にして以来、気づけば僕はいつも彼女を目で追うようになっていた。
「なぁ、郷田ってさ、音痴なの?」
ファミレスのボックス席。熱々のフライドポテトをつまみながら、藤が僕に尋ねた。
「んごふっ!?」
突拍子のない質問に、僕は飲んでいたアイスコーヒーが鼻に入った。
少し前まで「世界史のカバオ君がさ~」と、先生の悪口を言っていたのに、意表を突かれて動揺する。
「ち、違うし!」
何で今そんなこと聞くんだよ。
僕は心の中で藤を睨みつけるが、実際はヘラヘラと笑っていた。
「え~……郷田くんってそうなの? だから未発症なの?」と、対面に座っている杉本が興味津々といった様子で、アーモンド形の目を瞬かせながら僕を見つめる。そして斜向かいに座っている静香もまた、小首をかしげて二重瞼のつぶらな瞳で僕を見つめた。
あぁ、やめてくれ……
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