ミュ~ジカル♪症候群

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 『……──国内での感染者の数は五万人を超え、今もなお増え続けております』    朝のニュース番組で、カチっとスーツを着た白髪交じりのベテランキャスターが、真剣な表情で原稿を読み上げた。  世にも怖ろしいこの奇病が蔓延し始めたのは、二カ月ほど前のことだ。  奇病の名は"ミュージカル症候群" 。  突発性のこの病気は、何の前触れもなく発症する。それに感染力がとても強く、治療薬はまだない。  この奇病には、歓喜型・激昂型・悲愴型・愉快型があり、それぞれ感情が引き金となって、あふれる想いを歌い出してしまうのだ。  「今日、喉がすごい軽くてさ〜……」  通勤や通学で混み合っている地下鉄車内。僕の座っている席の目の前に立っている隣のクラスの女子二人が、コソコソ話しているのが聞こえてきた。    「マジ? あれじゃない? ミュージカル症候群」  「ヤバ! やっぱりそうかぁ。何型だろう。大勢の前で発作起こしたら恥ずかしいな」  「何型かって大事だよね、マコは愉快型でさぁ……」  どうやら、この病は僕の身近にも迫ってきているらしい。  僕が感染するのも時間の問題かな……なんて思っていると、優先席の前に立っていた鳥の巣のような頭をしたおばさんが発作を起こした。  「おーやおやぁ~♪最近のぉ〜若者はぁ〜〜♪」  野太い声。激昂型だ。  おばさんの周りにいた人たちが、一斉におばさんから離れた。そしてそのおばさんに注目が集まる。  混雑している車内で、優先席に座っている男子学生に腹を立てたようだった。  そして、その優先席に座っていた学生もまた発作を起こす。悲愴型だ。  こちらは今にも泣きそうな震えた声で、膝を怪我したこと、高校最後の大会に出場できない嘆きを歌う。  カオスだ……
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