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04 心ぐし
寛太が海に連れ去られてひと月。
今日も良子は海へ行く。
日々同じ顔がない、海原を果ての果てまで見据える。
そして、今日も寛太への想いを引き延ばした。
海原を、堤防の上で見据えていると、
寛太の仲間が、今日も声を掛けてくれる。
「良子ちゃん」
「こんにちは。今日の漁はどうでしたか?」
「今日は、まあまあだったよ」
「そっか…今日もお疲れ様」
そんな会話を仲間と交わし、
良子は、視線を海原に向け、再び見据えた。
あの日のままの寛太の姿を、瞼の奥に映す。
良子は今日も、あの日のままの想いを、
枯らすことなく引き延ばす事ができた。
□◆□◆□◆□
良子の心は揺るがない。
日がな一日、寛太に恋焦がれる。
夕日が水平線に沈み、今日も一日を終える。
「寛太、今日も変わらなかったよ。明日も忘れない」
良子は、毎日そう呟いた。
良子は毎日海に行く。
どこまでも続く海原。
このどこかにいる寛太。
どこからともなくやって来る、穏やかな波をただただ見つめ、
帰って来てと、寛太に願う。
還して欲しいと、海に請う。
涙は決して零さない。
海の神様に負けた気がするから。
婚姻する前に、海に連れ去られてしまった、良子の愛しい伴侶。
その寛太への想いを奥深くに抱え、
良子はぐっと手のひらを握りしめ、溢れる心を抑え込んだ。
良子は今日も待ち続ける。
寛太の帰りを待ちわびる。
そうして続けた幾歳月。
寛太の面影をあの日のままに、
寛太を想う心もあの日のままに、
良子は、臨終の刻を迎えた。
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