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05 歳長けて、君想ふ
良子は、寛太への想いを、今日まで引き延ばし続けた。
その間、両親を葬送り、友達を葬送り、
たくさんのお世話になってきた人々を葬送ってきた。
そうやって、歳を重ね続けた年月のうちに、
良子の顔には深い皺が刻まれ、
身体は朽ち果て、動かなくなった。
そして今、意識も朽ちようとしていた。
□◆□◆□◆□
ベッドの上で、独り微睡んでいると、
「良子」
愛しい声が聞こえた。
自分の名を呼ぶ優しい声色。
良子は目を開け、声のする方へ視線を向けた。
そこには、
良子にだけに見える、待ち侘びた、寛太の姿があった。
「寛太…………逢いたかった…」
「ごめんな、良子。きみの傍にずっといたんだけどね…」
「ううん。姿は見ることは出来なかったけど、寛太がいてくれたことは分かってたよ」
「そうか。ようやく戻って来れたよ、良子の元へ…」
そう言って、寛太は優しく微笑み、少し憂いを滲ませた。
「ごめんな。俺の人生を、良子に背負わせてしまった…」
「それも仕方がないよ。寛太は私の伴侶だもの。ねぇ?……私、あなたの分までちゃんと生きれたかなぁ」
「もちろんだよ。良子は俺を忘れないでいてくれたからね。大往生だ。ありがとう」
「ふふ。周りの人は、私の時間が止まってるって思ったみたいだけど、私はね、寛太への想いを、今日まで延ばし続けていたの」
「延ばす?」
「そう。だって、寛太との時間は、あの日までしか無いんだもの。そのままにしておくと、記憶は薄れて朽ちていく。だから、私はその記憶を今日まで、同じままで延ばしてきたの」
「んー、どう違う?」
「違うよ?全然違う。あの日で止まってたら、もう寛太の記憶は、私の中には無いよ。薄れて、掠れてしまって。でも、ずっと一日一日、大切に延ばしてきたから、寛太の顔も、寛太と過ごした時間も、今も鮮明に思い出せる。寛太、あなたはあの日のままの姿だね?」
良子は、そう言って笑った。
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