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猫と暮らすことのメリット
ある平日の夜、23時。
風呂から出たぼくがリビングへ戻ると窓が20センチほど開いているのに気がついた。
おや?っと思っていると窓の隙間から風が吹き込みカーテンをハタハタ揺らす。秋の訪れを感じさせる10月の夜風が湯上がりの熱った体に心地よい。
よきかな、よきかな。
……なんて涼んでいる場合ではない。
そんなことより風呂へ入る前にはきっちり閉まっていた窓が今は開いている理由を疑問視すべきだろう……
が、これで泥棒が入ってきたと考えるのは素人。
田舎暮らしが無駄に長い、田舎の玄人であるぼくは『泥棒はないな』と考える。
何故ならぼくが住んでる平屋の一軒家(田舎ではこの手の賃貸が驚くほどの格安で借りられる)はポツンと田畑のど真ん中に建っていて、こんな僻地にまで盗みに来るのはよほど真面目か勤勉、あるいはその両方の性質を持った盗人しかありえないからだ。
そして、真面目で勤勉なヤツは盗人などになりはしない。
だから、この家に泥棒なんて入ってくるわけないのですよ!
QED
なんて見事な(のか、どうかはさて置き)推理を披露しても拍手喝采してくれる者が誰もいないのが一人暮らしの虚しいところ。
まぁ、おかげでぼくの雑な推理にチャチャを入れる者もいないわけだから差し引きゼロといったところだろう。
何がゼロなのかよくわからんが。
それは、ともかく。
この家にはぼくと二匹の猫しかいないので窓を開けたのが誰かはすぐわかる。
犯人は猫。
……そう言えば窓を閉めた記憶はあるけど鍵をかけた記憶はないな。
ついでに言うと猫は結構力持ちかつ器用である。鍵のかかっていない窓なら簡単に開けるだろう。
……うん、これは絶対猫たちは逃げとるね。
ど、どうしよう?
いや、でも、そう言えば昔、実家の近所に住んでいたお婆さんと猫談義をしていたとき。
「猫は遠いところからでもちゃんと帰ってくるぞ。ワシも昔、猫を車にのせて2時間ほど行ったところに捨てて来たことがあるが帰ってきたでな」
と、サラリ鬼畜エピソードを語られてドン引きしたことがあったじゃないか!
なら、心配ないか?お婆さんの倫理観には不安しかないが。
だけど、この辺り何匹か野良猫がいるからなぁ。
いくら元野良とは言え子猫の頃に保護して、以後は箱入り息子として大事に、過保護に育ててきたうちの子たちである。そんな子たちが外猫に対抗できるかは甚だ怪しい。
だいたい白猫の「シロ」はメス猫みたいに華奢だし、黒猫の「クロ」はガッチリした体つきをしてるが臆病だから闘争にはまるで向いていない。
嫌な汗がじわりと湧いてくるのを感じながら、ぼくが今度思い出したのは昔何かの漫画で読んだ話。
それは、飼い猫は猫社会の常識を知らないので、うっかり他の猫の縄張りに入り込んでしまうことがあり、そうなると縄張りを荒らされたと思った縄張りの主の怒りを買って襲われ、逃げるうち遠くへ行ってしまうと言うものである。
…………
い、いや、落ち着け。ぼくは自分に言い聞かせる。
いくら猫が好奇心旺盛といってもシロは慎重派だからすぐに家のそばから離れるとは考えにくいし、クロはシロ大好きのストにゃん(ストーカーにゃんこ)だからシロが家の周りに居る限り一緒になって離れないはずだ。
そう考えて少し冷静さを取り戻したぼくは机の上に置いてあったスマホに手を伸ばす。
困ったときはG××gle。やはりG××gleは全てを解決する。
素早く「猫 逃げた どうする」と検索し1番上に表示されたサイトにアクセスする。
すると。
『扉の前にエサを置いておけば帰ってくるで?』
雑なアドバイスが書いてあった。
「こんなんで帰ってくるのか?」
疑問に思いつつも他に方法もなく、ぼくは餌を用意すると猫たちが逃げていった窓のそばにセットする。
そして、読み落としがないかと、さきほどのアドバイスの続きに目を通す。
『ちゅーても、よっぽど腹減っとらんと猫も餌を食べに帰ってこーへんけどな。せやから長期戦を覚悟しいや。まぁ、すぐ帰ってくるのも稀におるが、それは相当食い意地のはっとるヤツだけやな』
そりゃそうだ、と思いぼくは息を吐くと長期戦の覚悟する。
、と。
カリカリカリ……
何か硬いものを咀嚼する音が聞こえてきた。
ハッとしながらぼくが窓の方へ目を向ける。すると、そこには顔も目も体も丸い、コンパスを使えば秒で描けそうな体型の、ビックリするほど食い意地がはった猫がいた。
って言うかぼくの愛猫『クロ』だった。
「マジかよ……」
ホッとするのと同時に脱力するのを感じた。時間は測っていないが、多分餌をセットしてから五分も経っていないと思う。
そろりと、ぼくは近づいてみる。
カリカリカリ……
気にせず食べ続けるクロ。逃げ出す気配は、ない。
「確保」
「ふにゃ〜」
ぼくにあっさり抱き抱えられたクロは鳴きながら、悲しげな顔で餌の入った皿をジッと見つめていた。
どこまでも食い意地のはったやつ。
不安になるほど警戒心と野生味がない。かわいいとは思うが色々不安にもなる。
確保したクロを一旦ケージに餌の皿と一緒に入れる。
「さて、あとはシロだな」
なんて呟きながら自分の迂闊さを呪いつつ外を探しに行く。
が、空振り。
落胆したぼくが自宅のリビングに戻ると。
「にゃあ」
「おうふ」
シロは何食わぬ顔でうちに帰って来ていた。
まぁ、本猫からしたら外に興味があったから少し見てきただけで、家出する気まではなかったというところだろう。
なんとも呆気ないオチだが、これがこの事件の顛末。まぁ、現実なんてこんなものである。
でも、いくら話としてドラマチックでも、興味深いものであっても、猫に何かあるよりずっといい。
そうじゃない?
おまけ、あるいは後日談。
この後、ぼくは窓の鍵かけだけは絶対忘れないようになりました。
ズボラ人間に施錠癖を身につけさせ、結果防犯を高めると言うメリットのある猫。
これほど素晴らしい人類のパートナーはなかなか居ないと思いませんか?
というのを、この話のオチとしておきたい。
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