セイレーン先生

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    ◇   ◇   ◇  目の前に四肢を縛られた人間が数人積まれている。セイレーンはそのうちの一人の襟首を掴むと、頭を丸かじりした。悲鳴をあげる間もなく絶命したそれを咀嚼し、嚥下し、血の一滴も余すことなく完食する。刹那、積まれた山の中にいた男が叫び声をあげた。食事している姿を見たのであろうその人は、手足の縄を解こうと必死に暴れだした。 「なんの騒ぎだ?」  開いた扉から、ひょっこりと若い男が顔を出す。 「生き餌が起きただけよ」 「だったら、それ食って黙らせてくれよ。作曲に集中できないじゃないか」 「もう満腹なんだけど……しょうがないわね」  翼を広げて男ーー生き餌に近づくと、それは小さく悲鳴をあげた。青ざめて震えているそれに「ごめんなさいね」と囁くと、頭を、肩を、胴を、脚を、(かじ)って噛み砕いて飲み込んだ。 「餌に同情でもしてしまったかい?」   柔らかな声音が問いかける。セイレーンは思わず眉をひそめた。 「悪趣味な質問ね、廉」 「ごめんごめん」  若い男ーー信濃川廉はヘラヘラと笑う。 「でも、先祖に言われたんでしょ? 悪人なら食べていいって」  セイレーン。  歌で人々を魅了する海の魔物。  船を遭難させ、転覆させーー人を喰らう。  それを止めるべくセイレーンと戦ったのが廉の先祖だった。  激闘の末、セイレーンは敗れ『人々を魅了する能力』を封印された。これで遭難や水難事故の原因は取り除かれて、めでたしめでたしーー人間にとっては。  セイレーンにとっては死活問題だった。彼女は歌で魅了した人間しか食せなかったのだ。その上、元々は翼を使って住処を点々としていたのが戦いの後遺症により長距離を飛べなくなってしまった。  食を奪われ、生活を奪われ。  彼女はじわじわと弱っていった。真綿で首を絞められるようにーーいっそ一思いに殺してくれた方が楽だったと思えてしまうほどに。  憐れに思った先祖は「悪人なら食べてもいい」という条件をつけ、セイレーンの能力を取り戻せないか歌のレッスンを試みた。 「それにしたって『心』は教えないでほしかった……って思っていた時期もあったわ」 「悪人とはいえ、命ある者を喰らうことに心を痛めるようになったかい?」 「今はもう割り切ってる」 「そりゃあそうだろうね。君からすればたったの(・・・・)数十年しか(・・)生きていない僕たちさえ命あるものを喰らわなければ生きていけないと、そういうものだと割り切っている」 「自分で狩りもしたことのないあなたたちと同じにしないでくれる?」 「今や君も僕たちと同じだよ。人間に餌付けされるようになってから何十年、いや、何百年経ったんだい?」 「誰のせいだと思ってるの」  セイレーンは吐き捨てるように毒づくと、廉は肩をすくめた。 「だから先祖代々責任を取っているじゃないか」
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