セイレーン先生

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『心』がなかったセイレーンに再び歌で人を魅了する力を身につけさせるのは、人間には至難の業だった。その間の生活の補填もしてあげなければならない。躍起になった先祖は、歌に秀でた人間を集めた。  歌で魅了した人間しか食せないなら、人間に歌を歌わせて魅了させればいい。十把一絡(じゅっぱひとから)げに集めれば当然悪人も混ざる。それを捕まえてセイレーンの餌にすることにした。  やがてセイレーン自身も歌で魅了する力をなんとか取り戻したが、所詮人間が人間の価値観で教えたもの。全く元通りというわけにはいかなかった。翼に後遺症を患った彼女を世に放てば、きっと悪意にも晒されるだろう。  先祖はセイレーンを保護することにした。生活を補償し、保障しーーそれが先祖代々、引き継がれて現在に至る。 「悪人を喰らってくれる君の存在は、僕にとっても都合がいいんだよ。かわいい歌手(シンガー)たちの活動や僕の創作における癌を潰してくれるんだから」  捕まえる悪人や餌を集める歌い手は時代によって変わる。廉の代は集まったファンの中で悪質なマナー違反を繰り返す者やストーカーに発展した者を摘発し、捕獲しているのだ。 「君にとっても僕は都合がいいはずだよ。定期的にオーディションを開いて君の餌を取ってきてくれる道具を集めているんだから」 「あの子たちをそんな風に言わないで!」 「おっと、言葉が過ぎたかな。僕が言いたかったのは、歌手がいなくなったら生きていけないのはお互いさまってことだ。これからもよろしくねーーセイレーン先生」  廉はそっとセイレーンの肩に手を置くと、部屋を出ていった。彼女は深くため息をつく。  これからも、この関係は続くだろう。恐らく長い寿命が尽きるまで。  窓から夜景を眺める。点々とした灯りのどこかで、今日も歌手たちは人々を魅了する。  先祖に出会った頃なら、彼らを道具と見ていただろう。  だが、今は。  純粋無垢に歌い続ける歌手たちの存在が、どうか一人でも多くの人々の心に刻まれるように願う。  それが、セイレーン先生としての生きがいになったのだ。
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