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校歌斉唱
その人が体育館のステージの上に立つと、ザワザワとしていた空気が、波が引いていくように静かになった。
目を大きく見開き、背筋をピンと伸ばし、少し前のめり気味に立つ。
彼が身に纏った一種独特な緊張感が、その場に居合わせたものを静粛へと誘なう。
場が鎮まったのを見届けてから、彼はおもむろに両手を上げた。その所作は緩やかなのに、空気がピンと張り詰める。
右手の指先にある白い指揮棒が凛と斜め上を差していた。
一瞬の緊迫の後、左腕が伴奏者に向けて滑らかに弧を描く。
澄んだピアノの音色が流れ出し、彼の白い指揮棒が勢いよく振り下ろされたその時、全校児童の第一声が解き放たれた。
緑溢れる〜、豊かな大地〜、♪
全校朝会での校歌斉唱
僕は第一声が放たれる迄の、このひと時が好きだ。
音楽教師であるその人と、全校児童との抜き差しならぬ真剣勝負。
ギラリとしたこだわりが、僕を痺れさせた。
今日もまた全校朝会が始まる。
僕は体育館の脇に並んだ教師の列から、その人の指揮を、ゾクゾクした想いで見上げる。
おしまい
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