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――アパートを出て、わたし達は植物に浸食された道を歩く。八月下旬の太陽が夏を濃く匂い立たせる。土と木と緑が混ざったみたいな、甘酸っぱい、カブトムシみたいな匂いだ。
道路には車など滅多に通らないが、自然と足は道の端に寄っていた。もし車が来たとしても、高度交通安全システムの普及により、都内で事故が起きることはまずあり得ない。公道を走る車は全て自動運転化され、車道のみを規定の速度で走るように制御されており、また人との距離が一定まで縮まると、自動停止が作動する。
街が緑に覆われ、いくら退廃的な姿になっていたとしても、そのシステムはインフラの一つとして未だに稼働し続けていた。
わたしには今の地球が、自然と科学が融合して新たな星に生まれ変わろうとしているように感じられた。
「暑いね……」
わたしの呟きに、コニーは「31.5℃です」と返す。わたし達を繋ぐのは共通認識であり共感ではない。
「今年の夏は猛暑ですからね。やはりエアコンを手配すべきだったのではないですか?」
「扇風機で乗り切るよ」
誰も居ない街に、二人の声と地球の音だけが響いている。自動販売機を探すがこの辺りには無さそうだ。わたしはシャッターの下ろされた店や、捨てられた家々を眺めた。昨年はまだちらほら人の姿もあったが、隕石衝突まであと十年となる今年に入ってから、一気に移住が進んでいる。
……そういえば、街中の浮浪者達の姿もいつの間にか消えていた。政府は発展途上国は切り捨てるのに、自国の世捨て人は救うということだろうか。それに対し色々思うところはあるものの、折角の散歩にそんな話はしたくない。もっと意味の無い、くだらない話がしたい。
「ねえ、コニー。どうして空は青いの?」
例えば、こんなことだ。
コニーはちらりとわたしの顔を見て、すらすら答える。
「空が青いのではありませんよ。あなたの瞳が澄んでいるから、澄んだ青色に見えるのです」
(……ハア!?)
自動販売機があったら、盛大に缶ジュースを吹いていたに違いない。何かの聞き間違いかと彼の顔を見ると、デフォルトの微笑みを返された。
「コニー……何て検索したの? 二十代の女性が喜びそうなロマンチックな回答?」
「お気に召しませんでしたか? では、神様が青色の絵の具を――」
「うーん」
「これも駄目ですか。では、空が海に恋い焦がれ真似をしているから――」
「ストップ。もういい、もういいよ」
コニーの中にあるわたしのパーソナルデータはどうなっているんだろう? コニーはわたしの目を真っ直ぐに見て、首をこてんと傾げる。おかしい。二十代後半の男性に設定されている外見なのに、めちゃくちゃ可愛い。
「では、どのような回答が正解ですか?」
「正解は求めてないよ」
「……難しいことを仰いますね」
コニーのきりっとした眉毛が下がる。彼が困惑を見せるとわたしは嬉しくなり、安心した。だからつい意地悪を言ってしまうのだ。
「一緒に答えを考えてみない? きっと楽しいよ」
たわいもない、とりとめのない、彼にとって難解で複雑な話をしよう。
「ま、わたしの頭は、今にもこの夏にオーバーヒートしそうだけどね」
わたしは神様が絵の具を零し、海に恋した青空を、澄んだ瞳で見上げて顔をしかめる。するとコニーが近付いてきて……どういう訳か、そのスーツの腕をスッと差し出してきた。
「な、なに? えっ?」
「冷感機能をオンにしました。触れているだけでも涼しいですよ」
「冷感? ……あ、ほんとだ」
ドキドキしながら触れたコニーの腕は、確かに冷たい。氷嚢みたいだ。抱き着いたら大分涼しいだろうと思う。でも余計に熱くなる気もして、控えめに傍に寄るだけにしておいた。
「アンドロイドって皆、こんなに便利な機能が付いてるの?」
「いいえ、デフォルトでは付いていませんね。内部の温度調節機能は別にありますし、表面を冷やす必要はありませんから」
「じゃあどうして? なんで付けたの?」
「――今年は、猛暑ですから」
そう言った彼の表情は、真夏の太陽に逆光となってよく分からなかった。
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