11月1日

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11月1日

 十一月一日の営業が終了した。  窓の外は雨。 「そういやメダカちゃん元気?」  岡が帰り支度をしながら言った。 「さぁ。連絡ないし」  と紫はネイルチップにアートを(ほどこ)しながら呟いた。 「君からすればいいのに」 「理由もないのに?」  あの日からメダカの日記は途絶えた。  当然、爪を短くしたアイツが店に来る理由もなかった。 「ま、いいけどさ。そだ。ソファに毛布置いといたから、寝る時使いな」 「あざす」 「仮眠くらいしなよ」 「これが出来たら」  今日まで吐くほど練習してきたが、一位通過できる域には到達していない。  問題は山積み。家に帰っても眠れる気がしなかった。  岡の提案で、店に泊まり込むことにしたのだ。 「それ、ちょっと貸してみ」  そう言った岡に、筆を渡した。  岡は紫ができなかったアートをいとも容易(たやす)(えが)いてゆく。  紫は空いた口が塞がらなくなった。 「なんでアンタは大会出ないんですか」 「別に、ネイリストは大会入賞が全てじゃないからね。私は楽しけりゃいいのさ」 「楽しい……?」   「ま、()いのないようにしたまえ。じゃ、お疲れ!」  岡が帰ると店は静かになった。  テーブルに置いていたスマホから通知音が鳴る。  音が鳴るのはメダカのメッセージだけだ。  紫はすぐさまアプリを開いた。 『明日の朝って時間外できる?』 『ネイルしてほしーなーって』 『短いの!』  紫は頭の中で時間を逆算した。 『七時に来れるなら』  と返した。 『ありがと!』 『良いお守りになる』  と三分後に返信が来た。  紫は夜通し練習に明け暮れた。  何かを掴む瞬間というのは突然訪れる。  それを期待していたが、窓の外が明るくなるにつれ、諦念(ていねん)が強まっていった。
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