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①11月2日
扉の開く音がして、紫は飛び起きた。
「おはよ!」
角からメダカがひょこりと顔を覗かせた。
「あぁ」
紫は開ききらない目を擦りながら唸った。
どうやら寝落ちしていたらしい。
「え、徹夜?」
肩にトートバッグを掛けたメダカが近寄ってくる。
バッグにプリントされた、目つきの悪い茶トラ猫と目が合った。
「あ、これさぁ、ムラサキくんに似てるでしょ」
「失礼な」
「えぇ? 超ラブリーなのに」
それは俺のことも言ってんのか?
「……まあ、座って。で、どんなのする?」
「おまかせで!」
メダカはニッと笑った。
朝日のように眩しい笑顔。
リハーサルをしようと思った。
メダカの短く美しい爪に、色を差す。
形の良い爪の上で、色彩がメラメラと輝いた。
岡の手の動きがリフレインする。
霞がかっていた視界が澄みわたり、筆先は一寸もぶれることはない。
これが、真髄か。
「で、できた。これをずっと練習してたんだ!」
紫は声を上ずらせた。
「おぉ! なんかボクも勇気湧いてきた!」
その時だった。
部屋がフラッシュをたいたように白くなる。稲光。
そして、轟音。
窓ガラスが小さく震えた。
「どっか落ちた?」
とメダカが言う。
「電車止まる前に早く行けよ」
紫はメダカを出口へと急かした。
「あ、うん。それじゃあね! お互い頑張ろう!」
とメダカは手を振った。
紫はメダカの腕に掴みかかった。
強く、強く握りしめる。
紫の長い爪がメダカの皮膚に食い込んでゆく。
行くな!!
なんて妄想が頭をよぎった。
言葉に反して、心は正直すぎる。
紫は手を振り返してメダカを見送った。
ソファになだれ込み、毛布を被ってアラームをセットする。
紫は息苦しさを覚えながら、死んだように眠りに落ちた。
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