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別に他意はなくて。だからどうして欲しいという、その先に求めるものもなくて。
ずっと俺のなかでぐちゃぐちゃと混ざり合いながら渦巻いていた感情に、とりあえず一つのラベルがついた程度のこと。
なのに、彼にとっては妙に効いたようだ。
「…………ああ、そうですか」
声のトーンをあからさまに下げ、お得意のにやにや笑いも解除してしまうほどに、気に障ったらしい。
それでもなお気丈に振る舞う姿は、あまりにもいじらしい。彼は正反対の言葉で応戦してきた。
「俺は、貴方のことが嫌いですけどね」
吐き出す彼は何か重大なものでも背負ったような、切迫した目で俺を見ていた。もしかしたら、自らの言葉に彼自身が取り込まれてダメージを受けてしまったのかもしれない。
だとすれば気の毒だけれども、実は全く意味のない言葉なのだ。お互いにとって。
「でも、俺は好きだよ」
「でも、俺は嫌いです」
別にわざわざ繰り返すほどでもないし、確かめ合うほどでもない。
だって、「好き」だろうと「嫌い」だろうと結局は同じこと。カードの裏と表のように、ただ絵柄が異なるだけだ。
どんな感情で名前をつけたところで、俺と彼の間にあるのは「執着」だ。どんな関係を築きたいという未来も理想もないのに、お互いの存在が理由なく心に棲みついて離れなくなっている。
くだらないやりとりの挙句、今生の別れを思わせる面持ちで去って行った彼の背が見えなくなるまで、俺は手を振り笑みを浮かべていた。
――――大丈夫。どうせ、またすぐに会うよ。
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