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卒業式という節目の日でもあるし、このままスルーするのはあまりにも意地が悪いと思ったので、少し先を歩く背に向かって足を早める。「ねえ」と声を掛け、振り向いた二年生の彼に向かって、さも何も知らないかのように続けた。
「君は俺のこと祝ってくれないの?」
「――知りません。可愛い後輩達に散々祝ってもらったんでしょうから、欲張り言わないでください」
笑顔で嫌味を言うのは彼のポーズだ。雲が隠して空の色を変えるように、ふざけた態度で彼は自分の本音を隠す。
式を終えた後、後輩達に招待されて引退した漫研部の部室に立ち寄った。
部員達から花束や寄せ書きをもらい、少し雑談しながら別れを惜しんでいる間、俺は終始廊下に人の気配を感じていた。
じゃあそろそろ、と俺が部室を出ると同時に遠ざかったその影は、彼のものだと確信している。大方待ち伏せでもしていたのだろう。そういう子なのだ。
「うーん、それとは別に、君からのおめでとうの言葉が欲しいんだよね」
「そういうの、もうやめた方いいですよ。貴方、多分俺のことあまり好きじゃないでしょう」
攻撃的で辛辣な指摘だった。
けれども、とっくに音楽が途切れているヘッドホン越しに響くその声は、何かを堪えるように張り詰めていて、痛々しかった。
「でも、俺に好かれてはいたいんですよね。たとえ嫌いな相手でも、自分の方は好かれていたい……好かれる自分でありたい」
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