1 月と少女

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1 月と少女

 シャクナゲにハナミズキ、バラ…今年も綺麗に咲いてる…。  宇佐木叶絵(うさぎかなえ)は、微笑みながら、シャクナゲの花びらをそっと揺らした。  ここは親水公園だ。水が積み上げられた石を伝い流れ、子供達が遊べるようにと浅く作られた水辺へと流れ込む。人が集えるように作られた広場では、ベンチが幾つか設置され、暑い日もあるこの時期、休日の昼間などは人が集い賑わっているのだろう。 けれど、夜である今、ここにいる客は叶絵一人である。    街灯が近いベンチを選んで座り、スケッチブックとペンケースから鉛筆を取り出した。時により、クレパスになったりもするが、今日の相棒は鉛筆だ。  月明かりや街灯に柔らかく照らされて陰影が生まれ、昼間よりも輪郭がふんわりとした草花、揺らめく水面、昼間とは違うしんっと冷えた静けさ…それが、叶絵は好きだった。  鉛筆がスケッチブックを擦る音が、親水公園に微かに響く。    何も考えず、目で見たものをひたすら、映し取る。  静かな夜が、ゆっくりと滑って行く…。  「うわぁ…綺麗…!」  突然、聞こえた声に叶絵は、ハッと声の方向を見る。  そこには、欠けがない大きな満月、そして好奇心できらめく瞳で叶絵のスケッチブックを覗き込む、制服姿の少女が一人。  「あっ!ごめんなさい!急に大声出したりして!」  少女は、パッと口を押さえて、しょぼん…と眉を八の字に下げた。  「ううん。大丈夫よ。ちょっと驚いたけど」  今度は、花が開くように満開の笑顔になる。  「良かった!えっと。私は望月(もちづき)、望月ミチル!お姉さんは?」  「あ…宇佐木…叶絵」  「ウサギさんだ!」    明らかに耳の長い小動物を呼ぶような雰囲気だが、不思議と腹は立たない。  くるくると表情が良く動く子だ。感情が豊かなのだろう。  「あの、ウサギさん…絵を、見せてもらってもいい…?」 「え…ああ。構わないけど…」  「えへへ。やったぁ!」  ミチルは好奇心が前面に出た、ワクワクとした表情を隠そうともせず、叶絵の隣に座る。  背負ってるリュックについた、満月とウサギのキーホルダーが触れ合い、    カチャカチャ…っと軽い音を立てた。   叶絵からスケッチブックを受け取ったミチルは、元から大きな瞳を更にまん丸に見開く。  「うわぁ…!すごぉい!」  そこには、繊細なタッチで描かれた、柔らかな夜の親水公園が浮かび上がっている。    「他のページを見ても良い?」  「うん。いいよ」  今日のように、夜の親水公園で風景や草花を書いたものや、街の風景、時には自分の手を描いたもの…白黒のものもあるし、水彩で色を付けたものもあるし、ペンで色塗りをしたもの…その時々によって叶絵の気分で描いた絵を、ミチルは一枚一枚めくりながら、その度に歓声をあげ笑顔で眺めている。  ここまで嬉しそうに自分の描いた絵を見てもらえると、何だかこちらまで笑顔になってしまう。  不思議な子だな…。  自分が描いたものを、ここまで素直に見てもらうのは何年振りだろうか。  「すごいっ!こんな絵が描けるなんて、お姉さんはプロの画家さん?なのかな」  「あはは!まさか!違うよ。けど、なりたいって思った時もあるんだよ?」  「そうなんだ」  「うん。ミチルちゃんくらいの時かな…でも…」  「でも?」  「あ……ううん!何でもない。聞いても面白くない話だよ」  「そうかな」  「そうだよ」  「そっかぁ〜でもさ」  ミチルは、ぐっと叶絵に顔を寄せて、にこっと笑う。  「私は聞いてみたいな」  「……聞いても、面白くないよ?絶対」  「うん。でも聞きたい」  本当に、不思議な子だ。普段なら、こんな初対面の少女に話すような事ではない、ないが…叶絵は、口を開いていた。  誰にも話したことのない、叶絵の気持ちを…            
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