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「……」
「……」
そこにいたのは高橋先輩ではなく、聖先輩だった。
聖先輩は口元に手の甲を当てながら少し視線をずらしている。瞬きを多くして、顔から耳にかけて真っ赤に染めていた。
えぇ、照れてる! 可愛い、そんな顔もするんだね!
──じゃないよ! 違うじゃん! 高橋先輩じゃないじゃん!
ぼくはこの恥ずかしい状況をどうにかしたくて、あえて顔には出さないようにしてクールに振る舞った。
「あ、先輩。今の聞いてました?」
「……いいよ」
「ん、何がいいんでしょう」
「だから……分かるだろ」
状況が飲み込めないうちに、聖先輩はケホンと咳払いをしてベッドに腰掛け直した。
「お前の気持ち、受け止めてやるってことだよ」
「なっ、なっ……なっ」
「いいよ。付き合っても」
「はいっ?!」
これは一体どういう状況だろうか。
状況を見る限り、どうやらこの人はここで昼寝をしていたみたいだが。
いや、その前にこの人は高橋先輩じゃなくて、聖先輩だ。さっきぼくは確かに高橋先輩、と言った気がするのに。
「あの、ぼく、高橋先輩って言いましたよね……?」
「あぁ、言ったな。苗字じゃなくて名前で呼んでくれていいよ」
「な、名前?」
「だから、高橋 聖。俺の名前」
床に転がっていた上履きを持ち、カッと目を見開く。
そこには確かに『高橋 聖』の文字が。
……聖先輩も、なんと偶然にも高橋だったのかぁ。
【高橋氏……日本において、佐藤、鈴木に次いで多い姓。東北地方に特に多い苗字の一つ。~ウィキ〇ディアより~】
ぼくは上履きを遠くへ投げ捨てる。
一刻も早く誤解を解かねばと必死だった。
「あのっ、ところでこのベッドにいた高橋……歩太先輩は?」
「お昼前にとっくに帰ってった。それに、歩太がいたのはそっちのベッド」
反射的に後ろを振り向く。
そうだ。確かに言われてみれば歩太先輩が寝ていたのは奥側のベッド。告白することに夢中で考えもしなかった。
だって普通思うでしょう! 1つだけカーテンが閉まっていたら、そこに歩太先輩が寝ているって!
聖先輩は立ち上がって、ぼくがさっき投げ捨てた上履きを拾いにいった。
「そろそろ教室戻るか。お前もはやく行かないと遅れるぞ」
聖先輩は何事も無かったかのように部屋を出ていこうとドアの鍵に手をかけるので、ぼくは「ちょっと待った!」と言い聖先輩の制服を掴んだ。
「あの、聖先輩。ちょっとお話が事があって」
「ぁん?」
気だるそうにぼくを見下ろす聖先輩と目が合った瞬間、歩太先輩から聞いたあの事が頭をよぎった。
『実は聖は中二の時、バスケ部の先輩を殴っちゃった事があるんだよ』
ここでもし、ほんとうは歩太先輩に告白するつもりだったんですって言ったら、ぼくはどうなるのだろう。
聖先輩がぼくの気持ちを受けとめたって事は、ぼくの事が好きだからって意味だよね? あんな赤い顔して照れてたんだからきっとそう。たぶん相当嬉しいに決まってる。
それなのに今更間違えましただなんて言ったら……
とてもじゃないが、訂正することなんて出来なかった。
ここは作戦を練って、聖先輩に間違いだってことをやんわりと気付いてもらうしかない。
ぼくはとりあえず、目を瞬かせながら体をモジモジとさせた。
「あの……聖先輩。今日一緒に帰れますか? 色々とお話したくて」
「分かった。じゃあ授業終わったら玄関で待ってる」
ぼくと聖先輩は校舎が違うので、保健室の前で別れた。ぼくは聖先輩の背中に手を振ってからくるりと反対を向き、ツカツカと歩く。
何かっ、いい感じでっ、聖先輩に誤解だったと分からせる方法は……っ!
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