◇第1章◇ 優しい先輩と不機嫌な先輩

14/21
前へ
/90ページ
次へ
 全くいい案が浮かばないまま、5、6時間目の内容なんて上の空で、あっという間に放課後になってしまったのだった。  放課後、約束通り聖先輩が昇降口に立っているのが見えたので、靴を履き替えて外に出た。 「遅い」 「へっ」 「結構待ってたんだけど」 「すいません。先生への提出物があったの忘れてて、職員室に寄っていたので」 「ふぅん」  聖先輩はジト目で冷たくそう言い、傘をさして先に歩き出してしまう。  な、なんて無愛想なんだ!  保健室での出来事はぼくの白昼夢だったのか? 付き合ってもいいって先輩自ら言ったのに。  もしかしたらあれは冗談で、面白がってぼくをからかっているのかもしれない。  とにかく色々と話をしない事には始まらないので、ぼくも傘をさして水溜まりをぴょんと飛んで避けながら聖先輩の隣についた。  聖先輩の透明なビニール傘につく水滴と、その下にいる先輩の蜂蜜色の髪と端正な横顔が綺麗で。  きっと相当モテるだろうに、彼女とかいないのかなこの人……と思いながらじっと見つめていると。 「あんま見られると、照れるんだけど」  聖先輩は前を向いたままぽつりと漏らした。 「あぁすいません。格好良かったんで、つい見蕩れちゃいました」  そう言うと、聖先輩は「うっせえな」と言いながら唇をギュッと結んだ。  そう言いながらもなんか嬉しそう。  ぼくはギョッとして、慌てて前を向き直す。  (いけないいけない。全く恋愛感情なんてないから、本音がさらっと出てしまった。歩太先輩には照れてなかなか言えないくせに)  余計に勘違いさせるような事を言ってどうするんだ、とポカポカと頭を叩いていると、目の前の横断歩道の信号機が点滅していたのに気付き、立ち止まった。  ここは交通量が少ないから、車は滅多に通らない場所だ。  信号が赤になっても、駅の方へ向かう学校帰りの生徒らは、ぼくらの横を通り過ぎ渡っていく。これはごく当たり前の風景だ。 「お前のそういうところが、いいなと思って」  隣にいる聖先輩は、やっぱり前を向いたまま呟いたので、ぼくは首を傾げた。 「そういうところって?」 「赤信号はちゃんと止まるところ」  何を言われているのかさっぱり判らない。  赤信号は止まれ、青信号はすすめに従ってやっているだけだ。  確かに周りの生徒は皆横断歩道を渡っていく。立ち止まっている生徒は、ぼくらともう1人の生徒だけだ。  青に変わったので、渡りながらぼくは尋ねた。 「あの、聖先輩って、ぼくのことを前から知ってたんですか?」 「うん。半月くらい前かな。歩太にやけに元気よく挨拶する奴がいるなぁって思ってた」  そんな前からぼくを見ていたのか。  ぼくは歩太先輩に夢中で、誰かに見られているだなんて想像もつかなかった。 「たまに、帰りも一緒になった。お前の真後ろを歩いてたことも何度かある。気付かなかった?」 「えっ、そうなんですか」 「その時に見たお前も、さっきみたいに赤信号でちゃんと止まってた。車なんて来るはずないのに、立ち止まって」 「えぇー見られてたんですか。なんだか恥ずかしい」 「最初は、他人が見てるからやってんだろうって思ってた。けど珍しくお前が1人きりの時があったんだけど、その時も同じだった。ちゃんと立ち止まってた。そういうところが、いいなと思って」 「けど、赤信号は止まるだなんて当たり前の事ですよ」 「それはそうだけど、当たり前の事を当たり前にするのって案外忘れてたり、難しかったりするだろ」  だからぼくを好きになったと?  一刻も早くお付き合いを解消してほしいところだが、そんな理由でぼくを好きになってくれて(しかもわりとイケメンから好かれて)嬉しくないはずがない。  さり気なく歩幅も合わせてくれている聖先輩に、少しだけ感謝した。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

155人が本棚に入れています
本棚に追加