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ぜひともぼくがマナーはきちんと守る良い奴だということを歩太先輩に話してほしいが、なかなか言いづらい。
それよりも、ぼくが好きなのは歩太先輩です、と言う方がかなり言いづらい。
一緒に同じ方向の電車に乗りこんだ。
ぼくはここから2駅いったところで降りる。
歩太先輩と同じ中学なんだったら、聖先輩の住んでいる場所はそこからさらに2駅行ったところだろう。
1駅目を過ぎたあたりで、聖先輩がふと僕に尋ねた。
「お前、次だよな」
「はい。あ、先輩は……」
「俺は緑ヶ丘駅を降りて、すぐのところなんだけど」
そう言って、ぼくをじっと見つめてくる。
ドクッドクッと心臓がなる。
なんか無言で見つめられるとドキドキしちゃうというか、怖いんですけど!
これはもしかして、家に来いよって意味ですか⁈
「せっ、先輩の、ご両親とかは……」
「母親はいないし、父親も今年に入ってから海外で仕事してるから誰もいない」
「それって……」
ごくり、と唾を飲み込む。
聖先輩の母親も仕事に出ているのだろうか。
そんなの、もしも漫画だったら、あれやこれやしちゃうシチュエーションでしょう!
「嫌だったら、別にいい」
ふっと視線を外した聖先輩はそっけなく言って伏し目になるから、まるで怒りが浮かんでいるように見えて冷や汗をかく。
『バスケ部の先輩を殴っちゃったことがあるんだよ』の一言が、こんなにもぼくを苦しめるだなんて。
「喜んでっ」と苦笑ったのは言うまでもなく、ぼくはいつもの駅では降りずに、聖先輩の家について行くことにした。
「わぁぁー、大きくて素敵なお家ですね」
そこは閑静な住宅街にある木造2階建ての1軒家で、無愛想な先輩とは似ても似つかないどこかカントリー調のお家だった。
玄関先のプランターにはパンジーや紫陽花が綺麗に咲いていた。
「肩とか髪、これで拭いとけ」
靴を脱ごうとしていた時にタオルを手渡され、キュンとする。
……ん? キュンとするって何?! いやいや、ありがたいと思った! そうそれだけ!
だってタイミングよくタオルが出てきたから。
ちょっと濡れちゃってたし。
「ありがとうございます」と言ってぼくは制服の濡れた箇所や髪の毛を拭いた。
リビングに入り、布地のソファに座った。
大きな窓からは、もし晴れていたら日差しがたくさん注いできそうだ。
聖先輩は2ℓのペットボトルのサイダーとスナック菓子を出してきて、一緒にソファに座った。
「あの、聖先輩」
「あ、炭酸苦手?」
「じゃなくて、先輩って、彼女とかいないんですか?」
「は? いたらお前と付き合うって言わないだろ」
馬鹿か、と聖先輩は独り言のように呟き、キャップを回してプシュッと音をさせ、ガラスコップに注いでいく。
まさか毒とか睡眠薬とか入ってないよな……とサイダーの気泡を注視する。
いきなり家に誘うだなんて、相当手馴れている。
きっと今まで何人もの女性に同じような台詞を告げてきたのだろう。
もしかしたらこれまでのはドッキリで、実はぼくが気に入らないからこの後ボコボコにしてやろうって魂胆じゃ……
「なんか疑ってるだろ、お前」
「はいっ?」
「先輩の家に連れてこられちゃった、どうしようって顔してる」
「しししししてないですよ!」
何もかも見透かされている!
聖先輩は焦るぼくとは対照的に、かなり冷静だ。
「色々と話があるって言ったのはお前だろ。雨も降ってて肌寒かったし、店入るにも混んでて落ち着けないだろうと思ったから、うちに連れてきたんだよ」
あ、なるほど。
電車の中では込み入った話も出来なかったし。
確かに落ち着いて話し合いはしたい。
どうやら聖先輩は表には出さないけど色々と考えてくれているらしい。歩太先輩の言ってた通りだ。
「で、何を話したいの」
ポテチの袋を豪快に真っ二つに開けた先輩は、ぼくとは目を合わせずに言った。
「あぁ、そうですね、えっと……」
話したい事が目の前のポテチのように山盛りで、すぐに言葉が出てこない。
聖先輩と歩太先輩を間違えたんです、ぼくはずっと歩太先輩が好きだったんです、聖先輩はぼくをいいなと思ってくれてたみたいですが……
「聖先輩ってゲイなんですか」
サイダーを飲んでいた聖先輩は動きを止めて、じろ、とぼくを睨む。
ひー! もしかして地雷だった?!
反応にいちいち怯えてしまう。
だって怖いんだもん。いきなり拳が吹っ飛んできたらどうしようって。
聖先輩はテーブルにコップを置いて、首を横に振った。
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