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「ノンケだよ。お前がはじめての男」
「えっ、はじめて?」
「お前だったら、付き合えそうな気がしたんだ」
どういうこと?
はてなマークを浮かばせていると、聖先輩はゆっくりと語りだした。
聖先輩はやはり幼い頃からスーパーモテていたらしい。
小学生の頃はクラスの半分以上の女子からバレンタインのチョコやクッキーを貰い、中学2年に上がった時がモテ期のピークで、ほぼ毎週のように告白をされていたそうだ。
「すごーい。なんか漫画みたい」
「別にすごくない。その中に、あまりにもしつこい女子がいて」
振っても振っても、めげずに告白をしてきたのだそうだ。しまいにはこの家にまで押しかけて来るようになってしまったので、不本意ながらも付き合ってあげることにしたらしい。
「で、どうなったんですか」
「修羅場。抜け駆けしたって、女同士で醜い争いが始まって」
その女子が数名の女子に呼び出され、掴み合いの喧嘩になっていたのを目撃し、その時の女子達の般若のような顔を見た瞬間、ドン引きしたらしい。
「俺の前ではかわい子ぶりっ子してた奴らが、恐ろしい顔しながら汚い言葉を使って言い争ってんの見て、女って怖ぇと思ったんだ。影で悪口言ったり虐めたりするよりかはマシだけど、本性を見てしまったというか……俺にはもう女は無理。そう悟ったんだ……」
「先輩、落ち着いて」
思い出してワナワナと体を震わせる聖先輩の背中を、よしよしとさすってあげた。
「だから男子校を選んだ。女に関わるのはゴメンだからな。未だに他校の女に告られることもあるけど、男からっていうのは一度も無くて。お前がはじめてだった。さっきも言ったけど、お前の事いいなと思う部分もあったし、付き合ってみようかなって」
なるほど。そんな経緯があったのか。
聖先輩は、ぼくが大好きでどうしようもないから付き合う事にしたってわけではない。男とならばうまくいくかもしれない可能性を試してみたくて、告白してきたぼくを受け入れたのだ。
あれ、そう考えると、間違えましたって言いづらいことではないんじゃない? もし他の男に告白されててもきっと受け入れてたって事でしょ?
しかし聖先輩はさらに付け加えた。
「それに俺、こうやって間近でお前を見たら、ちゃんと好きだって思えてる」
ギュッ、とぼくの手を握られ、激しく狼狽する。
待って待って!
そんなこと急にやられると照れるんですけど!
「あの、先輩っ?」
「勘違いしないでほしいんだけど、男だったら誰でもいいってわけじゃない。お前だって好みのタイプとか容姿とかあるだろ。ちゃんと考えて出した答えだ」
顔がどんどん寄ってくる。
どうやら聖先輩はぼくの思ってる以上にちゃんと考えてることがあって、そしてカッコイイ!
いくら好きじゃない相手と言えども、こんなふうに顔を寄せられると胸がドキドキしてしまう。
まるでこっそり浮気でもしている気分だ。
変だ、ぼくの心臓がおかしいくらいにバクバクと音を立てている。
「ちょっと鈍感でトロそうなところもあるけど、悪い奴では無さそうだし。マナーはきちんと守りそうだしな」
信号をきちんと守るというのがよほど好印象だったらしい。
「お前は? 俺のどこらへんを好きになったの」
「あっ、えっと、その、先輩ぃぃー……」
ちょっとトイレに……と嘘を吐いて、この場から逃れようと目論む。
聖先輩はあっさりと顔を離して「ドア出て右の奥」と言い、ポテチを口に運んだ。
なんて切り出そうか、と悩みながら用を足してリビングに戻る最中、ドアが半開きになっていた部屋の中を、いけないと思いつつもこっそりとのぞいてしまった。
そこには仏壇があって、写真立てには人工的な水色を背景にした女性が写っていて。
ハッとして、聖先輩の元へ戻った。
「先輩っ。あの、もしかして」
「何?」
「お母さんって、亡くなってるんですか」
「うん。子供の頃に」
聖先輩は何も気にしていないふうにゆっくりと立ち上がり、奥の部屋へ入った。
近くで遺影を見ると、聖先輩と目元や口元がそっくりだ。
ぼくは一緒にお線香をあげさせてもらった。
「すみません。てっきり、出掛けていていないっていう意味だったのかと思って」
「謝るなよ。何も悪いことしてないだろ」
しゅんと肩を落とすぼくを気遣ってくれる。
手を合わせ、またリビングのソファーへ戻った。
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