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「歩太先輩、具合は大丈夫なんですか?」
「うん。今日もずっと寝てたら良くなったよ。明日からは登校出来そう」
「あぁ、そうなんですね」
心の底から安心してホッと胸を撫で下ろすと、ふと視線を感じる。
横を向けば、聖先輩がぼくをぎろ、と睨んでいた。
(嫉妬してるの?! だったらなぜぼくをここに連れてきた?!)
聖先輩の考えていることが全く分からない。
さっきだって、あんな濃厚なキスをいきなりされちゃうだなんて夢にも思わなかったし。
これが所謂ツンデレってやつなのか? それともクーデレ? 姉の漫画を読んで勉強しなくちゃ。
「二人って、いつのまにか仲良くなったんだね」
「いやっ、全然っ! 仲良くはないですって」
歩太先輩の言葉に思い切り否定してしまい、ハッとする。
隣の聖先輩からはやはり不穏なオーラが出ている。
やばい、と思いつつ唇を結んでいたら、聖先輩は床に視線を落としながらポツリと呟いた。
「歩太の事を心配してたみたいだから、連れてきてやっただけ。仲良くはないよ」
心なしか寂しそうに言う姿を見て、悪いことしたな、と心がちくりと傷んだ。
何も事情を知らない歩太先輩は屈託ない笑顔をぼくらに向ける。
「そう? じゃあ、今この瞬間から仲良くしてよ。そうしたら俺も嬉しいから」
「……ん。気が向いたらな」
聖先輩はちゃんとぼくの為に演技してくれている。本当はぼくが大好きで、きっと親友の歩太先輩にも惚気たりしたいだろうに。
ぼくは心の中で『ごめんね、聖先輩』と頭を下げた。
「あー、俺やっぱりバスケにされてるー」
歩太先輩の声に釣られて、プリントの文字を覗き込む。
確かに歩太先輩の名前がバスケの参加者一覧に載っていた。
「当たり前だろ。優勝狙うんだから」
「まぁ聖もいれば狙えない事もないけどさぁ、もう随分と長いことボール触ってないし、大丈夫かなあ」
「大丈夫だろ。今日、宮本と福田にバスケ教えてたんだけど、大変だった。まずルールをちゃんと分かってなかったから、そこからしっかり教えないと」
「えぇ、福田、ちゃんと練習するって言ったの? あいつ体育の授業真面目に受けたこともないじゃん」
ぼくの知らない人の話で笑っている先輩たちを見て、ちょっと置いてけぼり感。
二人は親友なんだから、ぼくの知らない世界があるのは当たり前なんだけど、話に入れなくて疎外感。
できれば歩太先輩たちと同じ学年に産まれたかったなぁ。たった二つの年の差が、宇宙の隅と隅くらいに離れているように感じてもどかしい。
二人はその福田と宮本って人の話で盛り上がっているみたいだから、ぼくは部屋の中にある小物や食器棚を見て時間を潰す。
ぼくが話の輪に入っていないことに気付いたのは歩太先輩が先だった。
「ごめん、小峰。こっちで勝手に盛り上がっちゃって」
気遣いについ頬が綻ぶ。
その素敵な笑顔に免じて許しますよっ。
「いえいえ、お構いなく」
「で、小峰は何の競技に参加するの?」
「あ、実はぼくもバスケに」
「へぇ。小峰もバスケ得意なんだ?」
「いえっ、全く得意じゃないんです」
ぼーっとしているうちに決まっていたらしいと伝えると、聖先輩には鼻で笑われ、歩太先輩にはへぇーと驚かれた。
「小峰、そんな小さな手でボール持てんの?」と聖先輩がバカにするように言うので、「持てますよ、ボールくらい」と見栄を張るが、たぶん片手じゃ持てないだろう。
「じゃあさ、俺、小峰に教えてあげようか? バスケ」
「えっ?」
歩太先輩の急な申し出に、心が踊った。
「マンツーマンで、じっくり丁寧に厳しく教えてあげるよ」
歩太先輩とマンツーマン? 愛のバスケ教室?
手を添えられながらバスケットゴールに向かってシュートを打つぼくを想像すると、幸せで鼻血が吹き出そうだ。
「あ、じゃあ……」
「俺が教える」
お願いしまーす、と嬉々として応えようとした矢先、聖先輩の硬い声にかき消された。
歩太先輩はキョトンとして聖先輩を見つめる。
「え? でも聖、福田たちにも教えてるんだったら大変なんじゃ……」
「一人増えようが変わらない。それにお前は生徒会の仕事もあるし、塾も通ってるだろ」
「まぁそれはそうだけど、どっちも毎日って訳じゃないし……」
「小峰。いいよな、俺で」
わー! 怖い怖い。
お前に拒否権はないぞオーラが凄まじい。
ぼくがこくこくと頷き即答したのは言うまでも無い。
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