◇第2章◇ センパイとお付き合いすることになりました。

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 長居しても歩太先輩の負担になるだろうから、そろそろ帰ることにした。  部屋を出て、エレベーターの矢印ボタンを押した後すぐに聖先輩に言った。 「あ、あのっ、帰りは、キスは無しでっ!」  キス、の部分はかなり小さめに言う。  聖先輩は案外あっさり「分かった」と了承し、実際にエレベーターに乗り込んでもぼくに触れてこようとせず、普通にマンションから出た。  ぼくがお願いしても、てっきりキスを仕掛けてくると思っていたのに。 「キス、しなかったんですね」 「は? お前が無しでって言ったんだろ。本当はして欲しかったのか?」 「いや、そういう訳じゃないんですけど!」 「お前の嫌がることして、嫌われたら嫌だから」  聖先輩って、ぼくに嫌われる事を恐れてる。  そういえば昨日もそうだった。ベロチューをする前も、ぼくの大事なところに触れる前も、ちゃんとぼくの意見を聞いてくれた。  ぼくが「嫌です」って一言言えば、きっと従順してくれる。    ……あぁ、だからもっと、聖先輩が嫌味ったらしくてカッコ悪くてぜんぜん尊敬できない人だったら良かったのに。  実はこの関係は偽造なんですって、言いづらいにも程があるよ。聖先輩。  こんなぼくの複雑な気持ちに気付くことはない彼の横顔は、夕焼けのオレンジ色に染まっていた。 「明後日の放課後から練習するから。覚悟しておけよ」  聖先輩って、言い方とか顔とかキツい時もあるけど、本当は歩太先輩と同じくらい優しい心の持ち主なんじゃないかな。  モテる男はやっぱり違う。  ぼくはなんか可笑しくなって「はい」と笑いを堪えながら返事をした。  聖先輩はこんなぼくを見て、また鼻で笑っていた。    * 「小峰」 「はい」 「今の、本気?」 「もうっ! 本気ですよ! そんな引かないで下さいよーーっ!」  二日後、ぼくは聖先輩との約束通り、バスケを教えてもらうことになった。  まずは手始めに、バスケットゴールに向かってドリブルからのシュートをしてみろと無理難題言われ、ぼくなりに必死にやって見せた。  自分でも恥ずかしくなる程の散々な出来である。  シュートどころか、ドリブルすら出来ない。  ボールに気を取られて前に進めないし、進もうと思うとラグビーみたいに脇に抱えて歩いている。 「と、とりあえずシュートをしてみようか」と言われ、ゴール下でボールを投げるも、距離が足りずにボードにかすりもしない。  遠くにコロコロと転げていったボールをやっと取って戻ってきたら、先輩の憐れむような眼差しが突き刺さる。  泣きたいのはこっちだよーー!  聖先輩は涙目のぼくの肩を何度か叩いた。 「今から、競技を変更してもらうっていうのはどうだ?」 「先輩! お願いだから諦めないで!」 「いや、だってお前、今の出来じゃあ……」  くっくっ、と今にも吹き出しそうな笑いを堪えるのに必死な聖先輩を見て、頭に血が上る。 「あーーもう分かりましたよっ! じゃあぼく、歩太先輩に教えてもらおっかなーー!」  ぴく、と聖先輩の片眉が反応して、すぐに険しい顔になる。そしてぼくからボールを奪った。 「あと二週間以上もあるんだ。ドリブルしてパスできるくらいには上達させてやる」  聖先輩のハートに火がついたようで、ぼくにまずはドリブルの仕方を丁寧に教えてくれた。そしてひたすらやるようにと指示を出される。  何度も自分のスニーカーのつま先に当たり、すぐにどこか行ってしまうボールを取りに行き、掌と地面を行き来させる。  もう腕の力が限界になった時、ようやくその日の練習は終了となった。
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