◇第1章◇ 優しい先輩と不機嫌な先輩

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「みんなーっ! 今日は野乃花(ののか)に会いに来てくれてどうもありがとうっ! 心をキュンキュンに込めて歌うから、最後まで楽しんでいって下さいね~。楽しまない悪~い大人は……野乃がこのステッキでミラクルシュガーパンチ☆だぞぉー!」  ののちゃーーん! うぉぉーー! と地響きのような雄叫びが聞こえる。  ステージ上のツインテールの女の子はメイド喫茶にいるような格好で、ハートのモチーフがついたステッキを振り回しウィンクをした後、新曲を披露した。  目の前にいる男5人組は皆、野乃花♡と刺繍されたハッピを着て両手のサイリウムを振り回し、やたらと激しく踊っていた。  隣にいる高橋先輩を見ると、踊りはしなかったものの、さっき購入したサイリウムを控えめに振りながら「ののぉーー」と声を出したのでギョッとした。 『実は俺がずっと好きな人のライブがあって。小峰も一緒にどうかなぁと思って』  朝待ち合わせ場所に訪れた高橋先輩はそんな事を言って、ぼくをこのライブハウスに連れてきた。  高橋先輩が好きになる人なんだから、きっとお洒落でセンスのいいロックバンドとかなんだろうな……高橋先輩が好きな音楽をぼくと共有してくれようとするなんて、やっぱり先輩はぼくが好きなんだな……とじんわりと暖かくなっていた心は、会場の外に列を作っていた男たちを見て急激に冷めていった。  まさか高橋先輩がアイドルオタクだっただなんて。  3曲目の「どっきゅん天下げ♡既読がつかない週末」のイントロが流れると、また「うぉぉーー」と会場が沸いた。先輩もしかり。たぶんライブの定番で人気のある曲なのかな?うん……  ライブハウスだからみんなスタンディングで、隣同士がとても近い。  周りの迫力に圧倒されるけど、唯一の救いは、高橋先輩の体に密着できているいうこと。  その胸のあたりに顔を擦り付けていると幸せな気分になる。  (そうだ。アイドルオタクだから引くだなんて、偏見もいいとこだ。ちょっとビックリしたけど、全然恥ずかしい事じゃないし、先輩は先輩だ。嫌いになるはずがない。受け入れよう)  目を閉じて、人の波に揺られてしみじみとしていたら、左隣にいた男が振り上げた拳がぼくの顎にクリーンヒットしたのでテンションがダダ下がった。  熱気も凄いし、さっきから何回も誰かに足を踏まれてるし、とにかく一刻も早くライブが終わることを願った。
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