155人が本棚に入れています
本棚に追加
「は?」
次の日の登校時、挨拶もそこそこに聖先輩に事情を話すと、案の定、顔をしかめられた。
朝ということもあり、ますます機嫌が悪くなったようだ。
「ほんとすいません! ぼく、すっかり忘れていて」
「お前が今日練習出来るっていうから昨日福田たちに練習教えたんだよ。こっちは予定組んでんだから」
「わーすいません! ほんとすいません!」
ジリジリとおでこを付けながら睨まれると、涙目で必死に謝るしか方法はない。
聖先輩は許してくれたのか、呆れたため息を吐いて前を向いた。
「その図書委員の仕事って、どこでやるの」
「あ、図書室です。仕事の引き継ぎが終わったら書庫室の整理もしなくちゃいけなくて時間かかりそうなので、先輩、先に帰って大丈夫ですよ」
「言われなくてもそうするけど」
冷たくそう言われてしまい、ムッとする。
実は究極の照れ屋さんなんだって事をここで周りの生徒に大声でバラしてやってもいいんだぜーー!
そんな事を考えながら正門にいくと、歩太先輩が声を掛けてくれた。
「小峰、聖、おはよう」
「あ、高橋先輩、おはようございまーす!」
「バスケの調子はどう? 腕、痛くなってない?」
「大丈夫です! ぼく、頑張りますね!」
ぼくは歩太先輩に元気よく挨拶をし、ブンブンと手を振る。
歩太先輩はいつでも優しいよなぁ。隣の無愛想ツンデレ男とは大違いだ。
やっぱりぼく、歩太先輩の事……
「お前さ」
ルンルンとスキップしちゃうくらいの勢いの気持ちでいたら、聖先輩は低い声を発する。
ハッと気付けば、より一層冷たい瞳で見つめられていた。
この浮き足立った気持ちがバレないように、目を潤ませてわざと小首を傾げてみせた。
「なんでしょう?」
「……いや」
聖先輩は何か言いたげな視線をぼくに向けつつも、先に校舎に入っていった。
流石にぼくも、悪いことしてしまったと反省する。ぼくは今、聖先輩とお付き合いしているのに、歩太先輩に明らかに好き好きオーラ全開で話し掛けてしまった。
聖先輩はたぶん、歩太先輩と自分との対応の違いが気になったのだろう。
なるべく平等に、はしゃぎ過ぎないようにと自戒してローファーを脱いだ。
ぼくの一連の行動は監視されているのだと気付くのは、まだまだ先である……。
放課後、ぼくと乙葉は図書室に向かい、先週の続きから仕事を教わった。
「じゃあどっちかが、さっき言ったリストを作っておいてくれ。もう一人は蔵書点検。数が膨大だから、キリがいい所で終わりにしていいから」
3年の先輩から仕事を引き継ぎ、ぼくは書庫室で点検、パソコンが得意な乙葉はカウンター内でパソコン業務にあたることになった。
「すぐに終わると思うから、そしたら俺もそっち手伝いにいくよ」
「うん分かった。ありがとう乙葉」
ぼくは鍵を持って、図書室を出る。
書庫室、と言ってもほとんど倉庫みたいなところだ。
鍵を差し込んでドアを開けた瞬間、本の香りに混じって湿ったカビっぽい匂いがしてきた。本棚が並ぶ狭い空間に、閉められたカーテンの隙間から漏れてくる一筋の光の中に浮遊するホコリが見えた。
「わー、汚い。ずっと掃除してないじゃん」
ドアは開けたまま部屋の奥に向かい、一気にカーテンを左右に引っ張って窓を開けた。外から涼しい風が入ってくるとカーテンもふわっと膨らんだ。
「あ、高橋先輩だ」
グラウンドを窓から見下ろすと、ブレザーを脱いだ歩太先輩が昇降口近くで友達と談笑しているのが分かった。
これから歩太先輩もバスケの練習をするのかもしれない。シュートやドリブルをする所を見てみたいなぁと、ぼくは窓辺に張り付いていた。
ドアが閉められ、内側の鍵を掛けられた事にも気付かずに。
「あっ、すごーい」
スリーオンスリーを始めた歩太先輩は、敵の間をドリブルしながら華麗にすり抜け、ゴール下でボールを構えてジャンプし、シュートした。
外してはしまったけど、歩太先輩の体の動きが俊敏でしなやかで、ぼくは感激して魅入ってしまった。
もう一度シュートするかなと期待したけど、歩太先輩は他の人にボールを渡してしまい、しばらく見ていても活躍するシーンが見られなかった。
諦めて、大人しく書架整理を始めようと窓から離れたその時──
「んんっ?!」
急に背後から人の手が伸びてきて、ぼくの口が覆われた。
片方の手がぼくの腕ごと、腰にがっしりと回される。
「んん、ん!」
よろよろと後ろによろめきながら、ぼくは顔を左右に振って手を外そうとする。
なかなか外れなかったけど、口元から少し手がずれた所で、すぐさま後ろを振り返りその人と目が合って驚愕した。
最初のコメントを投稿しよう!