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「実はずっとライブに行きたいなぁと思ってたんだ。けど一人だと勇気がいるし……小峰だったら大丈夫だと思って誘ったんだ」
高橋先輩の家の最寄り駅近くのカフェに入って、ぼくはアイスコーヒーをズズッと啜る。
先輩はライブ終了後、物販の列に並んでタオルやTシャツ、キーホルダーなども購入した。満足そうに話しているのを見ると、素直にぼくも嬉しくなった。
好きな人がアイドルオタクだっていうのはシナリオには無かったけど、ぼくらの距離はさらに縮んで、ますますハッピーエンドに近づいている気がした。
「高橋先輩が野々花ちゃんを好きだなんて、ちょっと意外でした。そういうアイドルとか、苦手なんだろうなぁって勝手に思ってて」
「よく言われるけど実際は違うんだよ。生徒会長をやってるせいか、家ではテレビなんて見ずに毎日真面目に勉強してそうって思われがちなんだけどね。人って見た目で判断するところがあるよな」
「どうしてもそう思っちゃいますよね。これからは気を付けないと」
高橋先輩がアイドル好きだっていうことは、隠していたつもりでは無かったのだそうな。
けれど少し恥ずかしい気持ちもあったり、親から貰っている小遣いをグッズに注ぎ込んでいるのがちょっと申し訳なくて、なかなか大きな声では言えなかったらしい。
「小峰は見た目が可愛いし、もしも可愛いアイドルが好きだって言っても納得いくし、例えば会場で誰かに見つかったとしたら小峰が見に来たかったんだっていうことにすれば、丸く収まるかなと思って」
「えっ! 酷い、先輩、ぼくを利用したんですか?」
「ははは。嘘、冗談だよ。小峰だったら俺の全てを知っても、笑わないだろうなって思ったから」
キュンキュン。
あ、さっきの野々花ちゃんの恋愛ソングが頭の中で流れた。
そんな事を言ってくれるだなんて、もうぼくが好きだって言ってるようなもんじゃないか。それにサラッと流してしまったけど、ぼくが可愛いって言ったよね? 録音しておきたかった。
高橋先輩にいろいろと訊いてみたが、付き合っていた人はこれまで二人。どちらも中学の頃だったらしく、随分と長い間恋人がいないらしい。
元カノと鉢合わせしてしまいぼくがモヤモヤとする、というシチュエーションは残念ながら成立しなさそうだ。
他のシナリオを立て直すかな……とアイスコーヒーを飲み干して席を立とうとした時だった。高橋先輩が声をかけられたのは。
「歩太」
振り向くと、蜂蜜色のストレートの髪をした男が立っていた。
眠そうな垂れ目で、チーズケーキとホットドリンクを乗せたトレイを持って、ソファー席に座るぼくらを見下ろしていた。
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