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家の近くまで送ってもらい、ぼくは名残り惜しくも上目遣いで高橋先輩を見た。
「また誘ってくださいね。じゃあおやすみなさい」
「うん、今日はありがとう。また明後日学校で」
ぼくはお辞儀をして、すぐに背中を向ける。
これも作戦だ。あっさりと身を引く事で逆に気になってもらえるように。
「あ、小峰」
案の定、ぼくは引き止められた。
しめしめ、と言ったところか。
僕は何故呼ばれたのかわからないという表情をして振り返る。
「本当にありがとうな。今日だけじゃなくて、いつも」
「え?」
「毎朝必ず笑顔で挨拶を返してくれる小峰を見ると、なんだかホッとするんだ。小峰、委員の集まりかなんかで朝早く登校した日あっただろ? あの日、変な感じだったよ。小峰と挨拶してないなぁって。だから毎朝、ちゃんと俺に挨拶してくれよ」
高橋先輩はそう言ってはにかんだ。
こ、れ、は……!
フラグ立ってんじゃないの、これ。だってイコール、高橋先輩にとってぼくが必要って意味でしょ?
ぼくのこれまでのアピールは、無意味じゃなかった。ちゃんと高橋先輩に届いていたんだ。
ハッピーエンドは、もう目前だ。
ぼくはここぞとばかりに穏やかに目を細めた。
「はい。ぼくも高橋先輩と毎日会いたいです。先輩といると楽しいですし。これからもたまに、遊びに行けると嬉しいです」
「そうだな。また誘うよ。引き止めちゃってごめん、またな」
高橋先輩は名残惜しそうに手を振って、そこの角を曲がっていった。
ぼくはルンルンと鼻歌を歌いながら玄関のドアを開けて2階に上がり、姉の部屋へ入った。
「ちょっと失礼しまーすっ」
今年大学生になった3つ上の姉は、都内で一人暮らしをしている。
引っ越しても部屋はそのままだ。引越し先には全ての漫画は持ち込めず、姉お気に入りの神漫画以外はこの部屋でお留守番している。
姉は自分の萌えを誰かと共有したいタイプらしく、ぼくにどんどん読むように奨めてくる。
姉もぼくと考えが同じタイプで、白馬に乗った王子様のような運命の人と恋愛をするんだと言って大学デビューを果たした。
「ふふ、ごめんねねーちゃん。ハッピーエンドを迎えるのはぼくの方が先かもね」
お気に入りの恋愛少女漫画を本棚から引き抜き、パラパラとめくる。
その漫画の主人公は、自分の容姿や性格に自信がなく毎日を過ごしていたけど、ある日好きな人ができて人生が変わる。
元カノだという超絶美人な脇役が主人公に嫌がらせをしたりするのだけど、主人公は負けない。
険しい山道を登り、傷だらけになりながらも相手と想いが通じ合って見事ハッピーエンド。
ここまで複雑にしなくたって、ぼくの恋愛は簡単だったな。だってさっきの高橋先輩の、頬を赤く染めた顔。もう落ちてるでしょーぼくに!
ペラペラとめくると、主人公が好きな相手の親友の男がふと目に入った。
──何も聞いてないのに、ペラペラとよく喋るヤツだな。
そのキャラがちょうど蜂蜜色の髪でタレ目だからか、聖先輩の声で再生されてしまう。
今改めて思い出してみてもちょっとムッとする。あんな言い方しなくたっていいのに。
ま、でも高橋先輩と幼なじみだって事に免じて許そう。あまり接点はないだろうし。
──って思っていたのに、2日後、なんだか大変な事になってしまう。
「お前の気持ち、受け止めてやるってことだよ」
「なっ、なっ……なっ」
「いいよ。付き合っても」
「はいっ?!」
ぼくは聖先輩と見つめ合ってこんな会話をすることになるのだ……。
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