解脱

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解脱

「うおー、ママとパパ来てる」 「うちなんかお祖父ちゃんとお祖母ちゃんも来てるよ」  子どもたちは舞台袖から客席をのぞき見していた。テンションが上がりすぎて落ち着かない子、緊張してガチガチになっている子もいた。 「もうすぐ始まるわよ。トイレは行ってきた?」 「はーい!」 「じゃあ、とにかく笑顔で元気よくね。大丈夫、みんな凄く上手だから」  幕が上がり視界が広がる。みんな緊張で顔が引きつっていた。聖子は客席に一礼すると回れ右をした。そして唇をタコのように尖らせ白目をむき変顔をした。 「ブハッ!」  子どもたちの緊張がほぐれた。聖子は手を上げた。すぐにピアノの音が流れ始める。もう子どもたちは歌の世界に入り、勇者の顔になっていた。  会場中に響き渡る拍手に送られ子どもたちは舞台袖に戻った。大成功だった。みなやり切った顔をしていた。  さあ次は私の番だーー!  聖子はすぐに楽屋へ行き衣装に着替えた。勇ましい女剣士をイメージさせる袴姿だ。そっと目をつむりイメージを膨らませる。 「聖子先生、出番です」 「はい」  鳴り止まない拍手、どよめき、感嘆の声。ずっと聖子が夢みてきたものだった。小さな会場だが、たった1曲だけだったが、自分を観に来たお客さんじゃなかったが、聖子は満足だった。舞台上から客席を一望する。みんな目を輝かせ惜しみない拍手を送ってくれている。それは聖子だけへの喝采(アプローズ)。 「聖子先生の真っ直ぐで力強い歌声は絶対アニソンに向いてると思うんです。特に戦隊モノ、ロボットアニメに」  高村は今回の発表会で更に創作意欲を掻き立てられ曲を量産し始めた。全て愛と勇気の歌だ。 (アニソンかぁ……)  確かに自分の声には愛だの恋だのの甘い歌は合わない。勇ましく突き進んで行く歌が合っているかもしれないと聖子は思い始めた。 「僕の曲と一緒に売り出しましょう!」  心の中でくすぶっていた夢が、音を立てて燃え始めるのが聞こえた。 〈終〉
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