悟り

1/1
前へ
/9ページ
次へ

悟り

 夢は叶わない。努力は報われない。聖子(せいこ)25歳、この世の無情を悟った。  高校を卒業すると同時に歌手を目指し上京した。しかし今はボストンバッグを抱え、駅のホームにひとり佇むーー。 「これじゃあ演歌じゃないの!」  聖子がなりたかったのは演歌歌手でもなければアイドルでもない。歌手だ。歌唱力は小さい頃から褒められてきた。ちびっこのど自慢ではいつも優勝した。周りからは絶対歌手になれるといわれ続け期待されていた。本人もそのつもりでいた。しかし現実は厳しかった。 「お上手ですね」  審査員はそれしか言わなかった。特技は? チャームポイントは? 目標は? 他の子には色々質問していた。でも私には一瞥もしなかった。私はお呼びではないのだ。 「上手いだけの人間はいくらでもいる。でもそれだけじゃ人前に立つ事はできないんだ。他人に訴えかける何かがなければダメだ」  ボイストレーナーにはそう言われ続けた。だから私は必死に感情を入れ歌った。 「演歌歌手になったら?」  派手な着物を着てメイクを厚く塗れば何とかなるかもしれない、そう言いたいのだ。確かに聖子の顔は地味で印象に残るような顔ではなかった。でも本当に歌唱力のあるアーティストは特別美人でなくても大きなドームを満員にしているではないか。聖子は抗議した。 「オーラが違うんだよ」  見た目など覆い隠してしまうほどの光り輝くオーラがアーティストにはある。しかし君にはない、そう言われたような気がした。そればかりは生まれ持ったものだ。いくら練習を重ねても育つものではない。  聖子は絶望した。もう万策尽きた。ホームに電車が滑り込む。いらなくなった自分を回収しにきたゴミ収集車に見えた。聖子は大きく息を吐いた。夢も希望も全て都会に置いて行こう。自分にはもう必要ないのだ。ため息とともに魂も吐き出した聖子は、力なく電車へ乗り込んだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加