苦行

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「音程違うわよ。ちゃんと揃えて」  下手ならせめて揃えて欲しい。不協和音は聞き苦しい。 「もごもご歌わないの。はっきり、大きな声で。客席にいるお父さんお母さんにも聞こえるようにね」  子どもなら下手でも元気があれば許される。それで親は喜ぶ。 「そこ! よそ見しないの! 先生の指揮を見なさい。もう、みんなバラバラなんだから……!」  いくら指導をしても付いてこない。無理矢理通わされてるだけなのだろう。やる気のなさにうんざりした。 「ヤメヤメ! もう1回最初からいくわよ。集中しなさい」  子どもたちはすっかり飽きていた。隣の子とお喋りをしている子もいる。やる気のない人間を教えるのは思った以上に苦痛だった。聖子は眉間にシワを寄せ頭を掻いた。 「先生友也くんもらしちゃったー」 「え!」  友也くんの足元には水溜りができていた。半べそをかき立ち尽くしていた。 「もう……! 何で早く言わないのよ」  聖子は友也くんを着替えさせるためトイレに連れていった。途中出会った事務の職員に掃除を頼んだ。もしもの時用にトイレには子どもの服が用意されていた。聖子は服を脱がせウエットペーパーで友也くんの体を拭いた。「ごめんなさい」と泣きながら友也くんは謝ったが聖子は黙々と拭き続けた。  何で私がこんな事をしなければならないの? 私はお母さんでも幼稚園の先生でもない。  むっつりとした顔のまま、聖子は友也くんに服を着せた。
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