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歌が終わると高村が満足そうに聖子に聞いてきた。
「どうでしたか? 聖子先生」
「え……」
聖子は慌てて目を拭った。
「どうもこうも……音程もリズムも外れていて、もっと練習が必要です」
自分でも良くない対応だと分かっていた。子どもたちが頑張って歌ったのだ。先ずは褒めるのが大人というものだ。しかし聖子は悔しかった。下手で音程も外れていてリズムもバラバラなのに、その歌に心を揺さぶられてしまった。
ボイストレーナーの言葉を思い出した。「上手いだけじゃダメだ、人に訴えるものがなくては」。自分にその答えは出せなかった。なのに子どもたちは体得している。今までさんざん見下していた子どもたちにさえも負けてしまった。聖子には褒める余裕なんてなかった。
「じゃあ先生が歌ってよ」
1人の女の子が言い出すと、周りの子どもたちも「先生歌って」と口々に言い出した。
「聖子先生、見本を見せてやってくださいよ」
子どもたちと同じ好奇心に満ちた笑顔で、高村が前奏を弾き始めた。
リズミカルな旋律が自然と体を揺らす。徐々に強くなる指使いに感情が高まってくる。楽譜は暗記している。曲の設計図も頭に入っている。
「勇気の剣……」
聖子は音に身を任せ、まるで自分が勇者になったかのように歌い切った。最後の一音が鳴り止むと同時に大歓声が起こった。
「先生凄い!」
「上手!」
「本物の歌手みたい!」
「カッコ良かった!」
子どもたちは聖子にまとわりつき口々に嬉しい感想を浴びせた。
「みんなも聖子先生の言う事を聞いて練習すれば上手になれるよ」
「先生教えて!」
「聖子先生!」
素直に褒める事のできる子どもたちを見て後ろめたい気持ちになった。でも嬉しかった。ちびっこのど自慢大会で褒められた、あの時の気持ちが蘇ってきた。自分は歌が好きだった。歌うのが楽しかった。でも東京に行ってからは歌う事が苦痛になった。いくら練習しても認められなかった。
審査員には見向きもされなかったが、今周りにいる全員から称賛されている。聖子は素直に嬉しかった。
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