覚醒

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 それから聖子は厳しいながらも熱心に指導した。 「うん、今の感じ良かったよ。これからも今みたいに歌ってね」 「ううん、私ちょっと高音が外れちゃった。次は上手に歌う!」 「僕も遅れ気味になっちゃうから、もっと練習する!」  上手くなればなるほど、もっと上手になりたいと張り切る子どもたち。その旺盛な向上心に心の中で拍手をしながら聖子は指導した。  そんなある日、高村が1枚の楽譜を聖子に渡した。 「これは?」  楽譜を見ながら聖子は首を傾げた。高村らしい「愛」や「勇気」の入った歌詞だったが、難解な単語、激しく音階が乱高下する曲だった。 「子どもには難しいと思いますが」 「はい、大人にも難しいと思います。でも聖子先生なら歌えますよね?」 「え?」 「発表会で歌ってもらえませんか?」 「え……?」  聖子の歌を聞いた高村が創作意欲を掻き立てられ作った曲だった。 「だって子どもたちの発表会ですよね。そんな場で私が歌うなんて」 「聖子先生の歌をたくさんの人に聞いて欲しいんです。うちにはこんな優れた指導者がいるんだと知らしめたい。子どもたちのやる気も上がるはずです。お願いします」  高村は頭を下げた。困惑しながら聖子は改めて楽譜に目を落とした。始めはゆっくりと語りかけるようなパート。次第に早くなり連符も混ざってくる。そしてサビは絶叫に近い高音で感情を爆発させる。とても難しい曲だ。でもそれだけに聴き応えがある。上手に歌えたら最高に気持が良いだろう。 「あの……練習してみます。仕上がらなかったらパスでいいですか?」 「はい! いや、聖子先生なら絶対歌えます!」  高村に伴奏を録音してもらい、暇があるといつも聞いた。何度も楽譜を読み返し、自分なりに考えた歌い方をメモした。しばらくしていなかった発声練習も再開した。早口言葉で調音の練習も始めた。歌詞を何度も読み込みどんな人物が、どんな背景で歌っているのか想像した。
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