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悟り
夢は叶わない。努力は報われない。聖子25歳、この世の無情を悟った。
高校を卒業すると同時に歌手を目指し上京した。しかし今はボストンバッグを抱え、駅のホームにひとり佇むーー。
「これじゃあ演歌じゃないの!」
聖子がなりたかったのは演歌歌手でもなければアイドルでもない。歌手だ。歌唱力は小さい頃から褒められてきた。ちびっこのど自慢ではいつも優勝した。周りからは絶対歌手になれるといわれ続け期待されていた。本人もそのつもりでいた。しかし現実は厳しかった。
「お上手ですね」
審査員はそれしか言わなかった。特技は? チャームポイントは? 目標は? 他の子には色々質問していた。でも私には一瞥もしなかった。私はお呼びではないのだ。
「上手いだけの人間はいくらでもいる。でもそれだけじゃ人前に立つ事はできないんだ。他人に訴えかける何かがなければダメだ」
ボイストレーナーにはそう言われ続けた。だから私は必死に感情を入れ歌った。
「演歌歌手になったら?」
派手な着物を着てメイクを厚く塗れば何とかなるかもしれない、そう言いたいのだ。確かに聖子の顔は地味で印象に残るような顔ではなかった。でも本当に歌唱力のあるアーティストは特別美人でなくても大きなドームを満員にしているではないか。聖子は抗議した。
「オーラが違うんだよ」
見た目など覆い隠してしまうほどの光り輝くオーラがアーティストにはある。しかし君にはない、そう言われたような気がした。そればかりは生まれ持ったものだ。いくら練習を重ねても育つものではない。
聖子は絶望した。もう万策尽きた。ホームに電車が滑り込む。いらなくなった自分を回収しにきたゴミ収集車に見えた。聖子は大きく息を吐いた。夢も希望も全て都会に置いて行こう。自分にはもう必要ないのだ。ため息とともに魂も吐き出した聖子は、力なく電車へ乗り込んだ。
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