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「旅の方。そちらに近寄ってはいけませぬ」
先の分かれ道でどちらに進むべきかを悩んでいた私に、間もなく日が暮れるからと村へ誘ってくれた女が険しい顔でそう話した。
「あれはお社ではないのですか?」
「いいえ。その昔、村の守り神を祀る神社を建てようとしたそうなのですが、途中でよろしくないことが幾つも起きたそうで、そのままとなっております」
分かれ道から村までの途中、鬱蒼と茂る木々の合間に見えた屋根は、どう見ても神社のそれに見えた。
もし神社があるのであれば、見知らぬ村に厄介になるよりも、その軒先を借りるほうが幾分気楽だと思ったのだが、そう簡単にはいかないということか。
「そうだったんですね。もし神社なのであれば、立ち寄らせてもらおうと思ったんです」
「そういうことですから、あそこに近寄ってはなりません。村の者は、どれだけ屈強な男であっても誰一人として近寄りませぬ。旅の方もお気をつけ下さい」
女の視線が、やたらと絡みついてくる様に思う。
屈強などと、自分で名乗るには少々戸惑いも感じるが、これでも各地を旅して回る身の上、そんじょそこらの男より頑健な体つきをしている自負はある。
物の怪ぐらいのことであれば、そちらの方が面倒が無くて良いかもしれぬ。
撫でる様な女の視線に耐えきれず、もう一度神社になりきれなかった東屋へと視線をうつす。
木々から放たれる水分を受けて、煌めいて見えるのは蜘蛛の糸だろうか。
誰も通ることのない道を塞ぐように、上下左右へと張り巡らされた蜘蛛の糸。珍しく地面近くまでその姿を見ることができる。
「わかりました。私も近寄りはしませんよ」
何が気になったのかはわからない。
だが、既に数歩先へと進んでいた女の後ろを着いて行きながら、もう一度後ろを振り返った。
おや、あんなところまで蜘蛛の糸があっただろうか。
蜘蛛の姿を目にすることはなかったというのに、私が視線を外した一瞬で、その糸が伸びた気がする。
するすると地を張ってその先端を伸ばす糸の姿を想像しては、背筋が凍る。
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