2話

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「昨日は大変世話になった。ここらで私も出発させてもらうとしよう」 「大したお構いもできませんで。懲りずにまた立ち寄ってくださいませ」  昨夜私が泊めてもらおうと思っていた家を見ながら、老婆は困ったように笑った。  夜な夜な側に寄り付いてくる女たちから逃げるように、老婆の家に転がり込んだのだ。 「見境のない娘達で困りました」 「いえ。仕方のないことかもしれませんので」  このように周りに何もない土地では、人の行き来も稀であろう。退屈な時間と体を持て余せば、欲を抑えきれなくなるのも理解する。  ただ、私が相手をすることはない。 「ありがたいお言葉です。それではまた」 「ところで、この先の森の中にある社は、取り壊したりはしないのですか?」 「あそこには、近寄ってはなりませぬ」 「えぇ。それは聞いております。ですが、あのままでは朽ち果ててしまうだけ。それを放っておくのもいかがなものでしょうか」 「あれには、近寄ることができません。周りをびっしり蜘蛛の糸が埋め尽くしておりまして、焼き払おうとも次から次へと伸びてきて。何かよくないものが憑いておるんでしょうな。不気味に思って誰も近寄りません」 「そうでしたか」  水に濡れて煌めいていた蜘蛛の糸を思い出す。  物の怪の方が……とも思ったが、本当に憑いているとは。  恐ろしや。人間も物の怪もどちらも本に恐ろしい。  老婆と別れた村の入り口。そのまま真っ直ぐ元の街道へと進んで行く。  急ぐ道ではないけれど、無駄に時間を使う旅でもあるまい。  足を進めていけば、横目に見えるはあの社だ。  ぞわぞわと背筋を這い回る気味悪さを感じながら、更に早く歩みを進める。  走り出さないのは誰に対する意地であろうか。    足早に通り過ぎてしまえば良かった。  意地を張らずに走り抜けてしまえば良かった。  それなのに、ふと何を思ったのか足が止まる。  自らの意思ではない。  それだけは間違いじゃない。  足元に絡みつく蜘蛛の糸。  蜘蛛の糸なんてものじゃない。  まるで強固な紐の様。  昨日、糸が煌めいた道。  そこから伸びる糸。  私の足へとまとわりついたそれに、そのまま引きずり込まれた。
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