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「昨日は大変世話になった。ここらで私も出発させてもらうとしよう」
「大したお構いもできませんで。懲りずにまた立ち寄ってくださいませ」
昨夜私が泊めてもらおうと思っていた家を見ながら、老婆は困ったように笑った。
夜な夜な側に寄り付いてくる女たちから逃げるように、老婆の家に転がり込んだのだ。
「見境のない娘達で困りました」
「いえ。仕方のないことかもしれませんので」
このように周りに何もない土地では、人の行き来も稀であろう。退屈な時間と体を持て余せば、欲を抑えきれなくなるのも理解する。
ただ、私が相手をすることはない。
「ありがたいお言葉です。それではまた」
「ところで、この先の森の中にある社は、取り壊したりはしないのですか?」
「あそこには、近寄ってはなりませぬ」
「えぇ。それは聞いております。ですが、あのままでは朽ち果ててしまうだけ。それを放っておくのもいかがなものでしょうか」
「あれには、近寄ることができません。周りをびっしり蜘蛛の糸が埋め尽くしておりまして、焼き払おうとも次から次へと伸びてきて。何かよくないものが憑いておるんでしょうな。不気味に思って誰も近寄りません」
「そうでしたか」
水に濡れて煌めいていた蜘蛛の糸を思い出す。
物の怪の方が……とも思ったが、本当に憑いているとは。
恐ろしや。人間も物の怪もどちらも本に恐ろしい。
老婆と別れた村の入り口。そのまま真っ直ぐ元の街道へと進んで行く。
急ぐ道ではないけれど、無駄に時間を使う旅でもあるまい。
足を進めていけば、横目に見えるはあの社だ。
ぞわぞわと背筋を這い回る気味悪さを感じながら、更に早く歩みを進める。
走り出さないのは誰に対する意地であろうか。
足早に通り過ぎてしまえば良かった。
意地を張らずに走り抜けてしまえば良かった。
それなのに、ふと何を思ったのか足が止まる。
自らの意思ではない。
それだけは間違いじゃない。
足元に絡みつく蜘蛛の糸。
蜘蛛の糸なんてものじゃない。
まるで強固な紐の様。
昨日、糸が煌めいた道。
そこから伸びる糸。
私の足へとまとわりついたそれに、そのまま引きずり込まれた。
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